長崎県での被害とは? わかりやすく解説

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長崎県での被害

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 10:01 UTC 版)

長崎大水害」の記事における「長崎県での被害」の解説

長崎市内では23日夕刻までの小雨模様急変し夕食帰宅時間帯100mm前後猛烈な雨集中長崎海洋気象台は、雨脚が強まる前の16時50分には大雨警報発して厳重な警戒呼びかけたものの、折悪しく連日警報慣れた市民多く事前に対策を講じることなく市民生活を完全に麻痺させた。また、斜面都市として長崎市特性災いし、「水害」の名とは裏腹に土砂災害による犠牲溺死者を大きく上回ったのが長崎大水害特徴で、長崎市内の死者行方不明者299名のうち、およそ9割にあたる262名が土石流崖崩れよるものであった降り方は激烈極め夜間停電という悪条件重なり住民避難の足が鈍っていたところを短時間での冠水により、車やバス電車立ち往生橋梁流失土砂災害による交通寸断短期間起こりなすすべがなかった。通信輻輳寸断行政当局救助求め通報すらままならず通報受けた行政側も救援思うに任せず被害拡大していった。 長崎市内では中島川浦上川八郎川西彼杵半島では雪浦川などの各河川氾濫国道34号寸断され床上床下浸水は勿論の事、数多く家屋倒壊するなど、甚大な被害引き起こした。特に中島川では文化財である石橋の被害が深刻で、重要文化財眼鏡橋半壊しその他の指定文化財石橋多数全壊した。この大水害による被害総額は約3000億円である。また、長崎市畝刈町では、道開峠が崩壊した。 この災害の際、自衛隊対す災害派遣要請がなかなか行われず、出動態勢整っていたのに、陸自大村駐屯部隊災害派遣出動ができず、時間要した行政側が混乱状態で、要請まで思いつかなかったのが原因であるが、そのため、非常手段として(テレビ報道大災害発生確実だったため)、第4師団司令部許可のもと、災害派遣出動訓練として前進し、正式要請受諾後、災害派遣プレート付けて行動したこの際連隊長特命受けた幹部3名が、豪雨の中長崎市向かった2人道路崩壊前進不能になったが、最後一人道路崩壊前進不能になった後、最寄りの危険のない民家自衛隊車両を置かせてもらい、徒歩危険地帯突破したその後通りかかった車を乗り継いで長崎市内に向かい翌朝県庁到着。すでに要請出ていたが、道路状況等を報告持参した無線機活用して自衛隊活動支援した[要出典]。 のちに製作され記録フィルムによると死者行方不明者被害総額以外に被災世帯2万8千世帯、重軽傷者754名、家屋全壊447棟、家屋半壊746棟、家屋一部損壊335棟、床上浸水14,704棟、床下浸水8,642棟等と表示されている。 また、当時長崎放送テレビ長崎当時長崎県民放はこの2局のみ)のリレー放送されていた『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』は、この災害受けて長崎放送参加見送りテレビ長崎担当後半部分のみのネットとなった

※この「長崎県での被害」の解説は、「長崎大水害」の解説の一部です。
「長崎県での被害」を含む「長崎大水害」の記事については、「長崎大水害」の概要を参照ください。

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