駐屯部隊
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陸上自衛隊では、駐屯地の形態は多岐にわたるが、一般的な駐屯地の場合、次のような部隊も同時に置かれる。規模はほとんどが大隊。 会計隊 方面総監部所在駐屯地には方面会計隊本部が置かれ、管内の駐屯地に会計隊または同隊派遣隊が分遣される(学校・補給処等が所在する駐屯地・分屯地には置かれない場合がある。市ヶ谷駐屯地は中央会計隊が担当)。 警務隊 方面総監部所在駐屯地は方面警務隊本部が分遣される。師団・旅団司令部所在の駐屯地には地区警務隊本部が置かれ、他の駐屯地には規模に応じ派遣隊または連絡班が(師団・旅団司令部ではないが富士、習志野、久里浜の各駐屯地にも地区警務隊本部が置かれる。市ヶ谷駐屯地は中央警務隊が担当)。 基地システム通信部隊等 方面総監部所在駐屯地に基地システム通信中隊が、師団等司令部所在駐屯地には基地通信中隊本部が置かれる。担当区域の駐屯地には派遣隊が分遣される(市ヶ谷駐屯地は中央基地システム通信隊が担当)。 駐屯地業務隊(学校、補給処等が所在する駐屯地には置かれない場合がある。市ヶ谷駐屯地は中央業務支援隊が担当)。 これ以外に、陸上自衛隊の編成ではないが、駐屯部隊の持ち回りで、警衛隊(敷地内守衛と警備。当直制)、消防隊(班)などが構成される。
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駐屯部隊
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「チェリー・ポイント海兵隊航空基地」の記事における「駐屯部隊」の解説
司令部及び司令部中隊 第2海兵航空団海兵航空団司令部第2飛行隊(英語版) 第14海兵航空群(英語版) 第28海兵管制群(英語版) 第6特殊保安通信班(英語版) 第21戦闘兵站中隊 東部艦隊即応センター チェリー・ポイント海兵隊航空基地は、ノースカロライナ州ボーグ(英語版)のボーグ海兵隊予備着陸場(英語版)およびノースカロライナ州アトランティック(英語版)のアトランティック海兵隊場外着陸場に所在する付属施設の管理も行っている。なお、かつて場外着陸場として使われていた施設のうち、グリーンビル海兵隊場外着陸場(英語版)およびキンストン海兵隊予備飛行場(英語版)、ニューバーン海兵隊場外着陸場(英語版)などは現在、地方空港として使用されている。
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駐屯部隊
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「エミラウ島の無血占領」の記事における「駐屯部隊」の解説
第4海兵連隊は1944年4月11日に第147歩兵連隊と守備を交代し、翌4月12日にはノーブルは第1海兵航空団司令官ジェームズ・T・ムーア海兵少将に後事を託して島を去った。第147歩兵連隊も6月には第369歩兵連隊に島の守備を委ねて交代。8月にいたり、マッカーサーは島の守備をオーストラリア陸軍に移譲するよう指示を出した。以降、島はオーストラリア・パプアニューギニア管理群(英語版)によって維持されることとなった。島に駐留する航空隊も、12月までは第12海兵航空群(英語版)であったが、航空群がレイテ島に移動したあとはニュージーランド空軍が基地を使用した。1945年3月20日には、マッカーサーはオーストラリア陸軍第8大隊(英語版)を撤収させて守備隊の規模縮小を発表したが、3か月後の6月に縮小案は撤回された。その6月には第502基地保守隊がマヌス島に撤収した。ニュージーランド空軍も7月までエミラウ島に偵察爆撃航空隊と戦闘航空隊を展開させていたが、8月にはすべて撤退した。
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駐屯部隊
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施設科部隊を主力とした編成であり、災害派遣や国際平和協力などを主な任務としている。
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