語源および語の使用の変遷
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/29 09:44 UTC 版)
「ホロコースト」の記事における「語源および語の使用の変遷」の解説
語源 ホロコーストは「全部 (ὅλος)」、「焼く (καυστός)」に由来するギリシア語「ὁλόκαυστον」を語源とし、ラテン語「holocaustum」からフランス語「holocauste」を経由して英語に入った語であり、元来は、古代ユダヤ教祭事で獣を丸焼きにし神前に供える犠牲、「丸焼きの供物」、すなわち元来はユダヤ教の宗教用語にあたる 燔祭を意味していた。こうしたことから殉教のための犠牲をも意味するようになり、転じて火災による大虐殺、大破壊、全滅を意味するようになった。英語では、ユダヤ人虐殺に対しては定冠詞をつけて固有名詞 (The Holocaust) とし、その他の用法を普通名詞 (holocaust) として区別している。例えばアルフレッド・ヒッチコックの映画『北北西に進路を取れ』では劇中タンクローリーの炎上事故を伝える新聞の見出しで「Holocaust」という言葉が使われていた。日本では被爆者の永井隆が被爆体験の後すぐから長崎への原爆投下(空襲被害)を「神の大きな御摂理によってもたらされた」とし、原爆投下を「大いなる燔祭(ホロコースト)」と解釈したことが論評されている(浦上燔祭説参照)。 ジェノサイドからホロコーストへ この言葉がナチスによるユダヤ人大量殺害を意味するようになったのは、大戦中から大戦後しばらくの間、ユダヤ人の間で、「ドイツはユダヤ人を生きたまま火の中に投げ入れて焼き殺している」との言説が広く信じられたことを起源に持ち、エリ・ヴィーゼルが使い始めたと言われるが、のちに撤回したがっていたと言われる。英語圏では「ジェノサイド」などが用語として一般的であったが、1978年アメリカで放映されたテレビドラマ『ホロコースト』 によって流行語となり、「ユダヤ人大虐殺」を表す言葉として普及した。また、この作品がドイツを含む多くの国々で放送された結果、第二次世界大戦中のドイツによるユダヤ人迫害、特に民族絶滅政策の実行の過程を「ホロコースト」と呼ぶことが定着した。『夜と霧』などの戦争直後に出版された書籍に「ホロコースト」という語が見られないのは、こうした事情による。 「ホロコースト」という言葉の使用に対する批判 ただしユダヤ教徒の中には、神聖な儀式「ホロコースト」の語をドイツのユダヤ人迫害を指す言葉としての使用を批判する声もあり、プリーモ・レーヴィは「虐殺行為を預言者ぶって解釈してみせる過激な宗教家」には怒りを感じると語り、また、ジョルジョ・アガンベンはジェノサイドでもなくポグロムでもなくホロコーストという語を使用することはユダヤ人犠牲者を神への犠牲、ナチスを祭司、焼却炉を祭壇として扱うことにむすびつき、結果としてナチスによるユダヤ人殲滅政策を正当化すると批判、「この語(ホロコースト)をあいかわらず使う者は無知か無神経(あるいはその両方)」と批判している。 ショア(ショアー) 燔祭に相当するヘブライ語は「オラー (ヘブライ語: עלה、英語: olah)」であり、「焼き尽くす捧げもの」を意味した。一方で特に「ナチスによるユダヤ人大虐殺」を指す場合は“惨事”を意味するショア (השואה) が用いられる。フランスのユダヤ系映像作家クロード・ランズマンによるドキュメント映画『SHOAH ショア』が制作され、日本では1995年に上映されて以降、「ショア」という用語も用いられるようなった。 ランズマンは『リベラシオン』のインタビューで「クロード・ランズマンは『SHOAH ショア』の作者であり、アドルフ・ヒトラーはショアの作者(=張本人)である」と答えた。これに対し、フランスの詩人で聖書翻訳者でもあるアンリ・メショニックは、ショアという語が聖書の中では主に気象に関わる災害として用いられていると指摘した上で、先述したホロコーストという言葉同様、このヘブライ語を用いた時点で宗教化は免れ得ないとした。さらに、ショアの実行者がヒトラーであったとしても、この問題をナチスのみに還元すべきではないと主張し、現在まで続くキリスト教対ユダヤ教の対立、すなわちキリスト教文化圏における反ユダヤ主義の問題として広く捉えられなければならないと主張した。彼によれば、ナチスの出した「最終的解決」は、2000年以上続く反ユダヤ主義を内包するキリスト教の論理における必然的な帰結であり、こうした行為に対抗してユダヤ教的な語彙を用いても、この対立を継続することにしかならないと主張する。これに対しランズマンは、自身はヘブライ語の専門家ではないため「ショア」という語に特定の宗教的含意はないと部分的に反論している。
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