語法の歴史
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/11 21:37 UTC 版)
ラテン語obscurans(意味は闇・暗い)が語源である。 この語は16世紀ドイツの風刺文集Epistolæ Obscurorum Virorum(Letters of Obscure Men)のタイトルで広く知られることになった。この文集はスコラ哲学者の教義や生き方を風刺揶揄したものを集めたもので、人文主義者ヨハネス・ロイヒリンとユダヤ教から改宗したドミニコ会士ヨハンネス・プフェファーコルンらと間でユダヤ教の書物の焚書を巡って展開した論争にもとづくものだった。 18世紀には、啓蒙主義者らが、敵である保守層、とりわけカトリック信徒を攻撃するために用いられた。 19世紀にはいってからはニーチェが、形而上学・神学での用法における「蒙昧主義」と、カントや懐疑論哲学らのようなより精密な思想における「蒙昧主義」とを区分するなかで、「蒙昧主義の黒い技術における本質的な要素とは、個人の理性を闇のままにしておこうとすることではなく、世界像を暗くすること、わたしたちの実存の観念を暗くすることにある」という言い方をしている。
※この「語法の歴史」の解説は、「蒙昧主義」の解説の一部です。
「語法の歴史」を含む「蒙昧主義」の記事については、「蒙昧主義」の概要を参照ください。
- 語法の歴史のページへのリンク