自祭文とは? わかりやすく解説

祭文 (漢文)

(自祭文 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/06/03 13:45 UTC 版)

祭文(さいぶん)とは、中国における漢文文体文語文)の一種。祭時において神霊に対し誦される文章で、死者を葬送するもののほか、雨乞いや除災、求福を目的とする文がある[1]道教における祭文は特に「青詞」と呼ばれる[注釈 1]


注釈

  1. ^ 明の嘉靖帝によって登用された内閣大学士厳嵩は青詞を得意としたことから「青詞宰相」と呼ばれた。
  2. ^ 『古文辞類纂』では、中国のあらゆる文章(古文)を、論辨類、序跋類、奏議類、書説類、贈序類、詔令類、伝状類、碑誌類、雑記類、箴銘類、頌賛類、辞賦類、哀祭類の13種に分類している。
  3. ^ 荘天全や温純、王錫爵、于慎行などによって祭文が書かれた。それぞれ『荘学士集』卷六「祭馮老師大宗伯」、『温恭毅公文集』卷十六「祭大宗伯馮用韞公文」、『王文粛公文草』卷十二「祭馮琢庵文」、『穀城山館文集』卷三十一「故大宗伯琢吾馮公誄有叙」に収載されている。

出典



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自祭文

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祭文 (漢文)」の記事における「自祭文」の解説

自分死に際して書かれる祭文が自祭文である。これは、南北朝時代詩人陶潜の「自祭文」が有名で、「歳(せい)は惟(これ)丁卯 律は無射(ぶえき)に中(あた)る」で始まり、「人生実に難(かた)し 死は之を如何(いか)にせん 嗚呼哀しいかな」で終わる。この自祭文は長いが、前半一節陶氏 将(まさ)逆旅げきりょ)の館を辞し永(とこし)えに本宅に帰らんとす — 陶潜「自祭文」 が特に有名である。

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