自社開発へ移行(2005~2011)
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「Far Cryシリーズ」の記事における「自社開発へ移行(2005~2011)」の解説
CrytekがUBIのスタジオから離脱したため、自社のモントリオールスタジオが開発を担当することになる。 Far Cryのリメイクとして、マップやストーリーを一部変更し、野生の力などシステムを変更した物を、家庭用ハード向けに『Far Cry Instincts』をリリース。ハード面都合によりXbox版のみ発売となり、PlayStation2とGameCubeは開発中止となった。その後、続編の『Far Cry Instincts Evolution』とInstincts、Evolutionをワンセットにして高解像度化した『Far Cry Instincts Predator』、EvolutionのWii移植版『 Far Cry Vengeance』、Instinctsのアーケード版『Paradise Lost』をリリースした。しかし当時の家庭用ゲーム機はPCほど高性能ではなかったため、これらの作品は大部分の手直しを要求され、パフォーマンスに問題なく広いステージを扱うこともできなかった。結果的に、元の作品からより一本道になり、キャンペーンとマルチプレイヤーモードを追加し、場合によっては、ゲームの内容をより現実的ではないものに変えた。 『Far Cry 2』は2007年7月にUBIによって発表され、以前のシリーズ作品からの2つの重要な変更があった。1つ目は、Ubisoft MontrealによってCryENGINEを独自に拡張した「Dunia Engine」を使用していることである。 Dunia Engineは、『Far Cry 2』と並行して、完全なオープンワールドゲームを作るだけでなく、現実的な物理学および破壊可能な環境を追加するために開発された。2つ目は、1作目の物語を続けるのではなく、9人のプレイアブルキャラクターと、進化したAIを持つNPCと共に、独自のストーリーを作成する自由な内容になったことである。話が引き継がれなかった理由の1つは、『Instincts』と『Vengeance』で大きくSF寄りに内容が変化し、開発者がこれを『2』では避けたがっていたというのがある。また、プレイヤーが熱帯の舞台に飽き飽きしており、EAとCrytekのプロジェクトも熱帯地域に設定されていることを懸念し、舞台をアフリカの平原に変更することを選んだ。 『Far Cry 2』は2008年10月にリリースされ、総じて高い評価を受けると共に、2009年までに290万本を超える売上を記録し、商業的にも成功した。しかし、ゲームディレクターのクリント・ホッキングは、内部的なデザインには不自然な部分も多かったと指摘している。度々発作を起こすマラリアや、作動不良を起こす武器などには批判的な声もあった。
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