社会論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/03 05:48 UTC 版)
ムーアは『フロム・ヘル』のテーマについて「切り裂きジャックの殺人は … ヴィクトリア時代を丸ごと黙示録的に要約したかのようだ。20世紀の惨劇の多くを予兆してもいる」と述べている。事件が起きた1880年代は、ムーアによると科学・思想・政治・芸術の分野で次世紀につながる新しい流れが生まれた時期だった。このころ物理学では原子爆弾の前段階となる発見が行われつつあり、シオニズムと反ユダヤ主義の両者が伸張し、最初のイスラム原理主義武装闘争であるマフディーの反乱が始まっていた。連続殺人と時を同じくして起きたアドルフ・ヒトラーの受胎は作中で直接描かれている。またムーアは、当時のエミール・ゾラやポスト印象派の芸術作品で売春婦が労働者階級の象徴とされたことを指摘している。ムーアは綿密な調査によって当時の時代状況を遥かな「高度」から俯瞰し、事件を中心とする広大なランドスケープを作品に取り入れようとした。コミック研究者グレッグ・カーペンターは、本作が「女王の玉座から売春婦の寝床に至るまで、すべての社会階層にわたる」ヴィクトリア朝の歴史を描いており、「ミソジニー、反ユダヤ主義、ジンゴイズム、陰謀論、建築理論(英語版)、時間の理論、暴力の本質、イギリス史、モダニズムの起こり」のような大テーマを数多く織り込んでいると書いた。 .mw-parser-output .tmulti .thumbinner{display:flex;flex-direction:column}.mw-parser-output .tmulti .trow{display:flex;flex-direction:row;clear:left;flex-wrap:wrap;width:100%;box-sizing:border-box}.mw-parser-output .tmulti .tsingle{margin:1px;float:left}.mw-parser-output .tmulti .theader{clear:both;font-weight:bold;text-align:center;align-self:center;background-color:transparent;width:100%}.mw-parser-output .tmulti .thumbcaption{background-color:transparent}.mw-parser-output .tmulti .text-align-left{text-align:left}.mw-parser-output .tmulti .text-align-right{text-align:right}.mw-parser-output .tmulti .text-align-center{text-align:center}@media all and (max-width:720px){.mw-parser-output .tmulti .thumbinner{width:100%!important;box-sizing:border-box;max-width:none!important;align-items:center}.mw-parser-output .tmulti .trow{justify-content:center}.mw-parser-output .tmulti .tsingle{float:none!important;max-width:100%!important;box-sizing:border-box;align-items:center}.mw-parser-output .tmulti .trow>.thumbcaption{text-align:center}} アラン・ムーア(右、2011年)に影響を与えたイアン・シンクレア(左)。「[ムーアは]ウィリアム・ブレイクの系譜を継いで、郷土の中にちらつく些細な事実をもとにして独自の宇宙論を作り出す」 ナットウエスト・タワー(写真)は20世紀企業文化の象徴としてガルの前に立ちはだかる。 執筆当時のイギリス社会を批判することも『フロム・ヘル』の狙いの一つだった。1980年代の英首相マーガレット・サッチャーは「大英帝国を復活させよ (put the Great back into Britain)」と唱え、倹約・勤勉・資本主義のようなヴィクトリア朝的価値観を規範とした。しかし同政権が打ち出した新自由主義的な経済政策は、ヴィクトリア朝時代に通じる巨大な貧富の差を生み出した。『フロム・ヘル』は100年の時を経た二つの時代を対比させてこの構造を浮き上がらせている。切り裂きジャック事件を通じてサッチャーの復古主義を批判する試みは、ムーアに影響を与えたイアン・シンクレアの『ホワイトチャペル、緋の痕跡』(1987年)にも見られる。ムーアとシンクレアはいずれも、心理地理学(英語版)的な論考により、圧政と苦痛の歴史を象徴する都市としてロンドンを再構成してみせた。エリザベス・ホーは本作が「世俗化した観光名所からなる「公式の」ロンドンに替わる新たな地図を作り出した」と書いた。カーペンターは「流血に次ぐ流血で築かれた20世紀は … 際限無き否認主義によって美化された。『フロム・ヘル』は私たちの否認に挑戦を突きつける」と述べている。
※この「社会論」の解説は、「フロム・ヘル」の解説の一部です。
「社会論」を含む「フロム・ヘル」の記事については、「フロム・ヘル」の概要を参照ください。
- 社会論のページへのリンク