生前の嘉納治五郎の柔道観と他の競技運動観・オリンピック活動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 16:24 UTC 版)
「柔道」の記事における「生前の嘉納治五郎の柔道観と他の競技運動観・オリンピック活動」の解説
講道館柔道創始者の嘉納治五郎は柔道の国民的・国際的普及を進めるとともに、大日本体育協会初代会長やアジア人初のIOC(国際オリンピック委員会)委員などの役職を兼任し、他の体育や他の外来の競技運動についても国民的に奨励し推進していた。嘉納は、競技運動と柔道の関係について受ける質問について、両極端なものとして、「外来の競技運動を排斥し日本人の精神教育も道徳的修養も出来る日本固有の武術のみで事足りるという声」、逆に「競技運動の利益を説いて完全に競技運動化を推進する声」、のいずれも当を得た考えでないとし、次のように言及していた。 「柔道とは大きな普遍的な道である。それを応用する事柄の種類によっていろいろな部門に別れ、武術ともなり体育ともなり智育徳育ともなり、実生活の方法ともなるのである。しかるに、競技運動とは勝敗を争う一種の運動であるが、ただそういうことをする間に自然身体を鍛錬し、精神を修養する仕組みになっているものである。競技運動は、その方法さえ当を得ていれば、身体鍛錬の上に大なる効果のあるものであるというのは争う余地はない。さりながら、競技運動の目的は単純で狭いが、柔道の目的は複雑で広い。いわば競技運動は、柔道の目的とするところの一部を遂行せんとするに過ぎぬのである。柔道を競技的に取り扱うことはもちろん出来ることであり、また、して良いことであるが、ただそういうことをしただけでは柔道本来の目的は達し得らるるものではない。それゆえに、柔道を競技運動的にも取り扱うことは今日の時勢の要求に適ったものであるということを認めると同時に、柔道の本領はどこにあるかということを片時も忘れてはならぬのである。」 一方で嘉納は普及や国民の理解を得る上での乱取試合や競技面の利点も挙げながら、戦前から活発になっていった試合とその上での勝利至上主義に向かう柔道修行者を強く憂いてもおり、身体鍛練で技を争うのは「下の柔道」で、精神修養を含むのが「中の柔道」、さらに身心の力を最も有効に使って世を補益するのが「上の柔道」と論じた。大正11年(1922年)、「精力善用・自他共栄」を柔道原理として制定していた。 嘉納は「柔道は単に競技として見るよりは、さらに深く広いもの故、自ら求めてオリンピックの仲間に加わることを欲しない」と語っており、柔道が五輪競技となることには消極的であったと言われているが、クーベルタン男爵や国際オリンピック委員会の推薦を受け自身がIOC委員となりオリンピック・ムーブメントに参加するに際し、嘉納は柔道と戸外スポーツの両立の必要性について言及している。 「それまでには、体育のことなら柔道さえやっていればそれでよいと考えていたのだが、翻ってさらに深く思いをよせると、柔道だけではいけないことが分かってきた。柔道も剣道も体力を鍛え、武士道精神を修練させる秀れたものには違いないが、一般大衆の体育を振興させるにはこれだけでは満足できない。といって(当時の)体操は興味に乏しいのと、学校を出るとやるものがない。野球や庭球は面白いが設備が要るから誰でもやれない。少数のものには良いが、国民全般がやるには向かない。だが歩行、駆け足、跳躍なんかはだれでも出来る。また費用も要らない。単に歩行することは面白くないかもしれぬが、神社仏閣に詣でるとか、名所旧跡を訪ねるようにすれば、道徳教育とも結びついてくる。大いに奨励すべきことだ。水泳もやらねばならぬ運動である。(中略)そしてすでに高等師範学校では生徒に長距離競走や水泳を奨励して実践させていた。 (中略)だから武道と戸外スポーツとは、どうしても両々相俟って発達していくようにしたいと思っていた。(中略)西洋で発達したオリンピック競技もこれを取り入れ、武士道精神を加味させることは出来ない相談ではないと考えた。」 そして他競技上でも日本人のオリンピック参加における大きな展望を掲げていた。 「日本精神をも吹き込んで、欧米のオリンピックを、世界のオリンピックにしたいと思った。それには自分一代で達成することが出来なかったら、次の時代に受け継いでもらう。長い間かかってでもよいから、オリンピック精神と武道精神とを渾然と一致させたいと希ったのである。その最も手近い方法としては、我が国の選手が、心にしっかりとした大和魂、武士道精神を持っていて、競技場では世界選手の模範になることだ。」
※この「生前の嘉納治五郎の柔道観と他の競技運動観・オリンピック活動」の解説は、「柔道」の解説の一部です。
「生前の嘉納治五郎の柔道観と他の競技運動観・オリンピック活動」を含む「柔道」の記事については、「柔道」の概要を参照ください。
- 生前の嘉納治五郎の柔道観と他の競技運動観オリンピック活動のページへのリンク