武蔵野鉄道および(旧)西武鉄道の戦時譲受車とは? わかりやすく解説

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武蔵野鉄道および(旧)西武鉄道の戦時譲受車

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/12 04:57 UTC 版)

武蔵野鉄道および(旧)西武鉄道の戦時譲受車(むさしのてつどうおよびせいぶてつどうのせんじゆずりうけしゃ)


注釈

  1. ^ a b c d 武蔵野鉄道においては、制御車の車両記号を「サハ」と称した。
  2. ^ a b ゼネラル・エレクトリック (GE) 社製Mコントロールの系譜に属する電空カム軸式間接自動制御装置RPC-101を搭載する電動車各形式を指す。デハ130形デハ320形・デハ1320形などが該当した。
  3. ^ もっとも、前面および側面の素通し部分については窓枠をはめ込み可能な構造とされ、夏季以外の運用も考慮された設計となっており、後に前面窓については通年装備となった。
  4. ^ 「私鉄車両めぐり84 江ノ島鎌倉観光(上)」pp.85 - 87によれば、同3両は江ノ島電気鉄道在籍当時の改番によって晩年は13 - 15を称したとされるが、公文書(武蔵野鉄道における竣功届)においては同3両の江ノ島電気鉄道在籍当時の旧番は1 - 3と記載されている。
  5. ^ ただし、「私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道1」p.44において1941年(昭和16年)2月の時点で現車が既に(旧)西武鉄道へ納入されていたことが記録されており、現車の入線は書類上の払い下げ年月よりも前に行われていたことが明らかである。
  6. ^ 昭和12年の雑誌に掲載された静岡鉄道による電車の売却広告には昭和5年5月とあり、宮田が豊橋鉄道の高師で1601・1651を実見したところ1601の台車に貼付けてあったメーカーズプレートには日本車輌昭和5年6月製造と確認できたという。宮田雄作「静岡電気鉄道 120型電車の軌跡」『Rail Fan』No.478 1993年1月号、鉄道友の会
  7. ^ a b (現)西武鉄道成立当初は、(旧)西武鉄道村山線を「西武本線」、武蔵野鉄道本線を「武蔵野線」とそれぞれ称し、1952年(昭和27年)3月に前者を「新宿線」、後者を「池袋線」とそれぞれ改称した。
  8. ^ 同社には静岡電気鉄道120形120が1938年(昭和13年)に譲渡されており、モハ161(2代)の譲渡によって別の事業者へ譲渡された同一形式2両が再び同一の事業者に在籍するという珍しい事例が生じた。同2両は後年2両固定編成を組成して1988年(昭和63年)まで運用され、長期間休車となったのちに1993年平成5年)3月30日付で2両とも除籍された。
  9. ^ 同車は戦後本川越駅構内にて留置されていた当時、原因は不明ながら車内が焼損した状態であったことが確認されており、レカ1と比較して著しく劣悪な状態であったことが覗える。
  10. ^ 戦局の激化に伴って1944年(昭和19年)2月に不要不急路線として営業休止に至った武蔵野鉄道山口線は、(現)西武鉄道成立後の1951年(昭和26年)10月に西武鉄道狭山線として営業を再開したが、営業再開当初は電化設備を稼動させず非電化路線として運行を再開、再電化は翌1952年(昭和27年)3月に実施された。

出典

  1. ^ 「総説 西武鉄道」 (1992) p.10
  2. ^ a b c d e 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 1」 (1969) p.72
  3. ^ a b c d e f 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 2」 (1969) p.64
  4. ^ 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 2」 (1969) p.63
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 「西武鉄道の蒸気機関車」 (1969) pp.60 - 61
  6. ^ a b c d e f g h i 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 1」 (1969) p.73
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 2」 (1969) p.65
  8. ^ a b c d e f g h i 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 2」 (1969) p.61
  9. ^ a b c d e f 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 2」 (1969) p.66
  10. ^ a b c d e f g 「西武鉄道 時代を築いた電車たち」 (1992) p.154
  11. ^ a b 「西武鉄道 時代を築いた電車たち」 (1992) pp.153 - 154
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 「西武鉄道 時代を築いた電車たち」 (1992) p.156
  13. ^ a b c d e f g 「私鉄車両めぐり(49) 長野電鉄」 (1982) p.171
  14. ^ a b c 「私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 1」 (1960) pp.44 - 45
  15. ^ a b 「西武鉄道 時代を築いた電車たち」 (1992) p.150
  16. ^ a b c d e 「私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 1」 (1960) p.45
  17. ^ a b c 「西武鉄道車両カタログ」 (1992) p.171
  18. ^ a b c 「私鉄車両めぐり(84) 江ノ島鎌倉観光(上)」 (1982) pp.85 - 86
  19. ^ a b 「私鉄車両めぐり(84) 江ノ島鎌倉観光(上)」 (1982) pp.86 - 87
  20. ^ a b c d 鉄道省, ed. “27 江ノ島電鉄所属車輌譲受設計変更及び連結器省略の件”. 鉄道免許・西武鉄道・昭和16年 
  21. ^ 「RM LIBRARY6 東急碑文谷工場ものがたり」 (2000) p.6
  22. ^ a b c d e f 「私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 1」 (1960) p.44
  23. ^ a b c 「西武鉄道車両カタログ」 (1992) p.174
  24. ^ 『JTBキャンブックス 譲渡車両 今昔』 (2003) p.134
  25. ^ a b 『JTBキャンブックス 譲渡車両 今昔』 (2003) p.135 - 136
  26. ^ a b c 『JTBキャンブックス 譲渡車両 今昔』 (2003) p.136 - 137
  27. ^ a b 「武蔵野スクラップ」 (1951) p.61
  28. ^ a b 「RM LIBRARY30 所沢車輌工場ものがたり(上)」 (2002) p.46
  29. ^ a b c d e f g h i j k l m 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 3」 (1970) p.81
  30. ^ a b c d e f 「私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 完」 (1960) pp.40 - 41
  31. ^ a b c d e f g h 「私鉄車両めぐり(80) 西武鉄道 2」 (1969) pp.65 - 66
  32. ^ a b c d e f g h i 『JTBキャンブックス 譲渡車両 今昔』 (2003) p.22 - 23
  33. ^ a b c 「私鉄車両めぐり(39) 西武鉄道 完」 (1960) p.41
  34. ^ a b 「RM LIBRARY103 日本の蒸気動車(上)」(2008) p.38
  35. ^ a b 「RM LIBRARY103 日本の蒸気動車(上)」(2008) p.23


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