橋本 誼

プロフィール
棋戦主要履歴
受賞歴
橋本誼
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橋本誼(はしもと よしみ、1934年(昭和9年)5月30日 - )は、日本の囲碁棋士。岡山県出身、鍋島一郎九段門下、日本棋院所属、九段。全日本第一位決定戦挑戦者決定戦進出など。日本棋院関西総本部で初の九段。
経歴
岡山市宮浦に生まれる。幼時に大阪に移り、またアマチュア強豪で、第1回アマチュア本因坊戦で大阪代表にもなった父から囲碁の英才教育を受けた。1947年に鍋島一郎に入門。1950年初段。この年に関西棋院から日本棋院協調派が分離した際に、師の鍋島とともに日本棋院関西総本部に所属する。1953年三段時に青年棋士選手権戦で準優勝。1957年五段。1966年八段。1969年に関西総本部で初の九段昇段を果たす。
1974年全日本第一位決定戦で坂田栄男、岩本薫らを破り挑戦者決定戦に進むが藤沢秀行に敗れる。1976年天元戦で石田芳夫らを破りベスト4進出、杉内雅男に敗れる。1977年棋聖戦九段戦ベスト8。1978年松原賞受賞。1979年16勝5敗(.762)の成績で棋道賞勝率第一位賞受賞。1995年から棋士会会長。2001年3月31日付けで引退。
他の棋歴
参考文献
「橋本 誼」の例文・使い方・用例・文例
- 私、田島ホールディングス株式会社の技術部の橋本と申します。
- 検収の結果とフィードバックについては本件担当プログラマの橋本へ直接ご連絡下さい。
- 彼らは、橋本を総理大臣に選んだ。
- 日本の国会は、第52第首相に橋本龍太郎氏を正式に選出した。
- 私は橋本といいます。
- 私は橋本君からその知らせを受けた。
- 橋本先生は私たちに公平です。
- 橋本先生はケンの質問に当惑した。
- 橋本先生はエンジンをかけた。
- 橋本さんは皆に知られています。
- 橋本市という市
- 橋本病という病気
- 7回,清峰の橋本洋(ひろ)俊(とし)内野手が二塁打を打ち,無得点の均衡を破った。
- 橋本武(たけし)さん(98)は兵庫県神戸市にある灘(なだ)中学校・高等学校で50年間,国語教師を務めた。
- 橋本さんはその小説からさまざまな表現を選び,それらを詳しく説明して生徒たちに多彩なことを教えた。
- 橋本さんは同校の特別土曜講座の一(いっ)環(かん)で6月18日と25日に授業を行った。
- 約50人の生徒が橋本さんの授業を受けた。
- 授業中,橋本さんは生徒たちと言葉遊びをしたり,中氏の随筆の1つを暗唱したり,時間の流れや仏教的な人生観について語ったりした。
- 橋本さんは,若い人たちが自分の疑問に対する解決策を自分で見つけられるようになってほしいと考えている。
- その後,38分にレイソルのディフェンダー,橋本和(わたる)選手がループシュートを決めた。
固有名詞の分類
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