島津久般とは? わかりやすく解説

島津久般

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/06 14:08 UTC 版)

 
島津久般
時代 江戸時代中期
生誕 寛保3年(1743年
死没 宝暦11年12月28日1762年1月22日
改名 岩袈裟(幼名)→久般
別名 丹後、筑後(通称
戒名 高勝院殿泰心了道大居士
墓所

宮崎県都城市都島町の都城島津家墓地

東京都杉並区大円寺
主君 島津重豪
薩摩藩都城私領主
氏族 都城島津家
父母 父:島津久茂、母:二階堂行寧の娘
兄弟 万袈裟(島津忠紀室)、虎袈裟、久般
袈裟安、鶴安(島津久兵室)、岩亀、久倫
於三(樺山久初の娘、島津忠紀後室)
養子:久倫、養女:於興(北郷久綿の娘、北郷久真室)、
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島津 久般(しまづ ひさとし)は、江戸時代中期の薩摩藩士。都城私領主である都城島津家21代当主。

生涯

寛保3年(1742年)、20代当主島津久茂の嫡男に生まれる。宝暦4年(1754年)、鹿児島城に於いて元服し、久般と名乗る。

宝暦7年(1757年)、久茂から家督を譲られる。宝暦11年(1761年)、宗家島津重豪の拝謝使として家老以下を随え江戸へ赴き、将軍徳川家治に拝謁し、太刀、馬等を献上する。程なくして疱瘡に感染し、江戸にて死去した。享年19。龍峰寺に葬られた。

参考文献

  • 瀬戸山計佐儀『都城島津家歴代史 全』三州文化社、1992年
  • 『都城市史』
  • 『都城盆地 史跡ガイドブック ①旧都城市編』南九州文化研究会、2014年




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