対称構造と数字の魔術
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 15:55 UTC 版)
「西遊記の成立史」の記事における「対称構造と数字の魔術」の解説
中野美代子は世徳堂本の全体構成を俯瞰し、その組み立ての中に巧妙なシンメトリー(対称)構造が仕掛けられていると主張する(この段落の出典はすべて)。 三蔵一行は第98回で天竺に到着するが、全行程(十万八千里)の真ん中である通天河を訪れるのが98÷2の第49回に配されている。 第43回の黒水河(*)、第53回に子母河(*)が配置され、3つの河川が第49回通天河(*)を軸として対称となっている(①)。 第39回に道士が偽三蔵に化けるが、第49回を軸にした反対側の第57~58回で偽悟空(六耳獼猴)の段(*)がある(②)。 三蔵の乗馬玉龍が人語を話すのは第30回紅孩児の段と第69回朱紫国の段(*)で、これも第49回を挟んで左右対称位置にある(③)。 長安を出発する第13回から天竺に到着する第98回までの回数の半分となる第55回を中心として、類似の話が左右対称で配置されている(④)。 第32~35回の金角・銀角と、第74~77回の獅駝洞は、ともに複数の魔王を相手に戦い、孫悟空が敵の兵器(銀角の紅葫蘆(瓢箪)、三大王の陰陽二気瓶)に閉じ込められて脱出する、など話の構造が類似する(⑤)。 第37~39回の烏鶏国と、第68~71回の朱紫国(*)は、ともに王妃が妖怪の妻とされ、三蔵一行の活躍により、王妃が奪還され、国王が復活するという同様のプロットを持つ(⑥)。 第40~42回の紅孩児と第68~71回の朱紫国(*)は、猛火との戦いという共通点を持つ(⑦)。 第44~46回の車遅国の偽道士と第65~66回の小雷音寺(*)の偽仏祖は、ともに偽聖者との戦いである(⑧)。 第47~49回の通天河(*)と第62~63回の祭賽国は、水中戦という共通点を持つ(⑨)。 第50~52回の獨角兕大王(*)と第59~61回の火焔山(牛魔王)はともに牛の妖怪との戦いである(⑩)。 注目すべきは上掲項目の中で(*)がつくものは世徳堂本が初出すなわち、旧本西遊記までには見られない話ということである。対になっている話のうち片方が世本で初出ということは、全体を対称構造にするために、元々あった話に類似したコピー説話を作りだし、わざわざ対称位置に配置したことを示唆する。 易学で、陽数(一・三・五・七・九)の合計25を天数といい、陰数(二・四・六・八・十)の合計30を地数といい、その二つを合わせた55は、天地数と呼ばれる特別な数でもある。そして49は7の二乗数である。すなわち軸となった49・55回にも神秘数的な意味がある。また各回数にはやはり易の六十四卦に込められた意味も内包されているという。さらに、三蔵が西天に至るまでに受けるはずだった災厄は全部で八十一難だったことが第99回に明かされるが、これは道教の聖数である九の二乗数であるとともに、回数の99の十の位と一の位を掛けたものでもある。さらにその八十一難を受けることになった原因(三蔵が前世で如来の説法中にうたた寝したために下界に落とされた)が、悟空の口から初めて語られるのは第81回なのである。 このほかにも7の倍数回に釈迦や三蔵に重要な動きがあるとする田中智行の指摘もある。このように世徳堂本の章回構成には、様々な道教的神秘数のトリックがちりばめられている。上記の貞観13年の出発も、55回を軸として到達の第98回と対称位置となる第13回に配する必要があったためという可能性が高い。というのも世徳堂本第9回には、物語上さして必要ではない木こりと漁夫の退屈な詞のやりとりが延々と続く、明らかに冗長な箇所があり、出発を第13回にするための回数合わせ調整をした形跡が見られるためである(なお後の刊本では、この部分を省略して第9・10回を短縮し、空いた分に江流和尚の話を挿入している)。
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