地理的な知識
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 01:56 UTC 版)
「シェイクスピア別人説」の記事における「地理的な知識」の解説
大多数の反ストラトフォード派研究者は、戯曲の作者は旅慣れた人物に違いなく、生涯に一度も国外へ出たことのないシェイクスピアではありえないと考えている。なぜなら、シェイクスピアの戯曲の多くがヨーロッパ諸国を舞台としており、しかも地方の特色といった細部にこだわりを見せているからである。これに対して正統派の学者は、他の劇作家によって書かれた同時代の作品にも外国を舞台としたものが非常に多いことから、シェイクスピアがこうした流行に同調していたことに何ら不可思議な点はないと答えている。そもそも、シェイクスピアの作品の舞台はシェイクスピア自身が考えたものではなく、作品の構想段階で資料とした種本から借用したものであることは従来の研究からほぼ明らかになっているのである。 真の作者に関する議論を別としても、シェイクスピアが作中で露呈した地理的な知識については疑問とされる点が多い。作中に地形的な情報が全く描かれていないと主張する学者もいる。例えば、ヴェニスを舞台とした『オセロー』や『ヴェニスの商人』の中には、ヴェニス名物の運河が一切登場しないのである。また、明らかな間違いも少なくない。『冬物語』の中で内陸国であるボヘミアの海岸を描いたり、『終わりよければ全てよし』の中では、パリからスペイン北部へ行くのにイタリア経由などという、まるで見当違いの道程を持ち出したりしている。 こうした明らかな不整合に対して、正統派と反ストラトフォード派の両陣営がそれぞれの立場から回答している。『ヴェニスの商人』に関しては、運河こそ登場しないものの、ヴェニスの交通手段である渡し舟「トラゲット」(traghetto、イタリア以外の国ではおおむねフェリーと呼ばれる)のような、現地でしか用いられない言葉を使用していることから、この都市に関する詳細な知識はもっていたはずであるとの見解が示されている。また存在しないはずの「ボヘミアの海岸」については、実はごく短期間ながらボヘミア王国がアドリア海まで領土を広げたことがあるという事実を著者が認識していたのだと説明されている。ボヘミアに海岸が存在していたそのわずかな期間に、オックスフォード伯がアドリア海周辺を旅行していたことがあるため、一見したところ事実誤認とも思えるこの記述を、オックスフォード派は自説に有利な証拠の1つとしている。反ストラトフォード派は、作者がこうした情報を得ることができたのは、領土問題のような政治上の機微に触れる議論に直接参加することのできた外交官や貴族、あるいは政治家のような人物だったからであると結論している。しかし、これらの議論は最も重要な事実を置き去りにしている。そもそも、こうした地理的な間違いは『冬物語』の種本となったロバート・グリーンの『パンドスト王』("Pandosto")の中に初めから含まれており、シェイクスピアはこの間違いまで借用してしまったのである。 一方、正統派の学者は、シェイクスピアの戯曲に登場する動植物の名前にはウォリックシャー地方独特の慣用的な言い回しが見られることを指摘している。『夏の夜の夢』で言及される"Love in Idleness"(サンシキスミレの異称)などがその例である。これは作者がウォリックシャー(いうまでもなくストラトフォード・アポン・エイヴォンを含む)の出身であることを裏付ける証拠となるというのが彼らの主張である。この点に関してオックスフォード派は、伯爵がやはりウォリックシャーのビルトン(Bilton)に邸宅を所有していた(ただし記録によれば、1574年に賃貸にして1581年には売却している)ことを付言している。
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