内圏型電子移動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/09 00:14 UTC 版)
外圏模型では、ドナー・アクセプターおよびそれらに強く結び付いた溶媒和殻、もしくは錯体における配位子は剛構造を形成していると考えられ、電子移動反応の過程において変化しない。しかし、内圏における距離はドナーおよびアクセプターの電荷に依存する。例えば、錯体の電荷が異なれば中心イオン-配位子間距離も異なる。そして、再びフランク・コンドンの原理に従い、電子移動が起こるためには前駆錯体と後続錯体とが同一の、もちろん非常に歪んだ原子核配置を持つ必要がある。この場合、エネルギー要件は自動的に満たされる。 この内圏の場合ではアレニウスの概念が成り立ち、決まった構造の遷移状態に原子核の移動を伴う反応座標に沿って実現される。後続錯体を形成するのには原子核の移動はそれ以上必要なく、電子が移動するだけでよい。これが遷移状態理論との違いである。内圏エネルギーに対する反応座標は振動により支配され、酸化剤と還元剤とでは異なる。 自己交換系 Fe2+/Fe3+ では鉄イオンを取り囲む6つの水分子対称収縮振動のみを考えればよい。この振動をそれぞれ周波数 ν D {\displaystyle \nu _{D}} と ν A {\displaystyle \nu _{A}} の調和振動子と仮定すると、力の定数 fD と fA は f = 4 π 2 ν 2 μ {\displaystyle f=4\pi ^{2}\nu ^{2}\mu } となり、エネルギーは以下のようになる。 E D = E D ( q 0 , D ) + 3 f D ( Δ q D ) 2 E A = E A ( q 0 , A ) + 3 f A ( Δ q A ) 2 {\displaystyle {\begin{aligned}E_{D}&=E_{D}(q_{0,D})+3f_{D}(\Delta q_{D})^{2}\\E_{A}&=E_{A}(q_{0,A})+3f_{A}(\Delta q_{A})^{2}\end{aligned}}} ここで、q0 は平衡正規座標、 Δ q = ( q − q 0 ) {\displaystyle \Delta q=(q-q_{0})} は正規座標に沿った変位で、係数 3 は 6 (H2O)·½ に由来する。外圏再配向エネルギーと同様、ポテンシャルエネルギー曲線は放物線となるが、ここでは振動子の帰結である。 平衡正規座標は Fe(H2O)2+6 と Fe(H2O)3+6 とで異なる。 収縮振動の熱励起により、ドナーとアクセプターに共通の構造に到達しうる。つまり、そこで D と A の収縮振動のポテンシャルエネルギー曲線はそこで交差し、電子移動が起こりうる。この遷移状態のエネルギーが内圏再配向エネルギー λin である。 自己交換反応の場合、遷移状態における金属-水間の距離を計算すると以下のようになる。 q ∗ = f D q 0 , D + f A q 0 , A f D + f A {\displaystyle q^{*}={\frac {f_{D}q_{0,D}+f_{A}q_{0,A}}{f_{D}+f_{A}}}} ここから、内圏再配向エネルギーは次となる。 λ in = Δ E ∗ = 3 f D f A f D + f A ( q 0 , D − q 0 , A ) 2 {\displaystyle \lambda _{\text{in}}=\Delta E^{*}={\frac {3f_{D}f_{A}}{f_{D}+f_{A}}}(q_{0,D}-q_{0,A})^{2}} 外圏再配向エネルギーと内圏再配向エネルギーが同じ二次式で表わされるのは幸運である。内圏および外圏再配向エネルギーは独立であるから、足し上げて λ = λ in + λ o {\displaystyle \lambda =\lambda _{\text{in}}+\lambda _{\text{o}}} とし、アレニウスの式に代入することができる。 k act = A exp ( − Δ G in ‡ + Δ G o ‡ k T ) {\displaystyle k_{\text{act}}=A\exp \left(-{\frac {\Delta {G_{\text{in}}^{\ddagger }}+\Delta {G_{\text{o}}}^{\ddagger }}{kT}}\right)} ここで、A は電子移動の確率を、exp[-ΔGin‡/kT] は内圏遷移状態に到達する確率を、exp[-ΔGo‡/kT] は外圏再配向の確率を表わすものと見ることができる。 次のような非対称(交叉)反応の場合も、 [ Fe ( H 2 O ) 6 ] 2 + + [ Co ( H 2 O ) 6 ] 3 + ↽ − − ⇀ [ Fe ( H 2 O ) 6 ] 3 + + [ Co ( H 2 O ) 6 ] 2 + {\displaystyle {\ce {{[Fe(H2O)6]^{2}+}+{[Co(H2O)6]^{3}+}<=>{[Fe(H2O)6]^{3}+}+{[Co(H2O)6]^{2}+}}}} λ i n {\displaystyle \lambda _{in}} の表式を導くことができるがより複雑になる。 これらの反応エンタルピー ΔG0 は再配向エネルギーとは独立で、鉄とコバルトの酸化還元電位の差により決まる。従って、二次形式のマーカス方程式は内圏再配向エネルギーについても成り立ち、逆転領域も予言される。 この状況は次のように描写できる。 (a) 通常領域においては始状態と終状態の両方が伸ばされた結合を持つ (b) ΔG‡ = 0 の場合は始状態の平衡配置が終状態の伸ばされた状態となる (c) 逆転領域においては始状態は縮められた結合を持ち、終状態は大きく伸ばされた結合を持つ。似たような考察は配位子が溶媒分子よりも大きいような金属錯体についても、リガンドが架橋されている多核錯体でも成り立つ。
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