他人の顔とは? わかりやすく解説

たにんのかお〔タニンのかほ〕【他人の顔】

読み方:たにんのかお

安部公房長編小説昭和39年(1964)刊。事故で顔に大やけど負った男が、自己回復のためプラスチックでできた他人の顔の仮面をつけて妻を誘惑しようとする。昭和41年(1966)、安部自身脚色勅使河原宏監督により映画化


他人の顔

作者韓水山

収載図書韓国現代文学 4 中編小説 2
出版社柏書房
刊行年月1992.5


他人の顔

作者てらしまくにお

収載図書石の花―3分間読める短篇小説
出版社近代文芸社
刊行年月1996.8


他人の顔

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/06 07:58 UTC 版)

他人の顔
訳題 The Face of Another
作者 安部公房
日本
言語 日本語
ジャンル 長編小説
発表形態 雑誌掲載+書き下ろし
初出情報
初出群像1964年1月号
刊本情報
出版元 講談社
出版年月日 1964年9月25日
装幀 松本達
総ページ数 387
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他人の顔』(たにんのかお)は、安部公房長編小説。『砂の女』の次の長編で、「失踪三部作」の2作目となる[1][注釈 1]。化学研究所の事故によって顔面に醜い火傷を負い「」を失った男が、精巧な「仮面」を作成し、自己回復のため妻を誘惑しようとする物語。新たな「他人の顔」をつけることにより、自我社会、顔と社会、他人との関係性が考察されている[3]

1964年(昭和39年)、雑誌『群像』1月号に掲載され、同年9月25日に講談社より単行本刊行された。1966年(昭和41年)7月15日には安部自身の脚本で、勅使河原宏監督により映画化された。

なお、単行本は初出誌版を大幅に加筆・改稿し、約2倍の分量に増加した形のものが刊行された。おもに顔や仮面についての哲学的な考察や終局部が加筆された[4][5]

主題

安部公房は『他人の顔』の主題について、「ぼくはやっと、他人の恐怖をかいま見たばかりのところだ」とし、「ぼくが〈他人〉との格闘をつづけ、新しい他人との通路を発見」してゆく探検を、「ぼくの存在自体にかかわるテーマであるらしい」と述べている[6]。また「失踪三部作」の2作目に当たる『他人の顔』は、「失踪前駆症状にある現代」を書いたとしている[1]

あらすじ

「ぼく」は、高分子化学研究所の液体空気の爆発事故で、顔に重度のケロイド瘢痕を負ってしまった。自分の顔を喪失してしまったために、所長代理の顔を失い、おまえ(妻)や職場の人間との関係がぎこちないものに変わり、周囲の目を異常に気にするようになってしまった。「ぼく」は、精巧なプラスチック製の人工皮膚の仮面を作り、誰でもない「他人」になりすまし、最大の目的であったおまえの誘惑にも簡単に成功する。しかし、自分という夫がありながら「他人」と密通するおまえへの不信感は募り、「仮面」に嫉妬しながらも関係をやめられない自分に苦悶していく。

「ぼく」は、「仮面」を抹殺するために、おまえに全ての経緯の手記を読ませるが、おまえは交際していた「他人」が実は「ぼく」であったことに気付いていた。おまえは、自分へのいたわりのために「ぼく」が「他人」を演じているのだと理解していたが、「ぼく」がおまえに恥をかかせるために暴露の手記を読ませたことを知り、「ぼく」への非難や愚弄を指摘した手紙を残して家を出ていった。その絶縁状を読んだ「ぼく」は、再び「仮面」を被り、空気拳銃を手にして、おまえを捜して街に出た。おまえの実家や友人らの家を巡った「ぼく」は、怒りに「野獣のような仮面」になり、銃の安全装置を外して路地に身を潜め、近づくおまえらしき女の靴音を待ち構えた。

作品評価・解釈

平野栄久は、〈仮面〉の作成の過程や、〈ぼく〉の〈仮面〉との分裂・対立を描く安部の筆は、「自由かつ精緻」で、安部の力作であることが充分うかがえるとし、「〈純粋な自由消費が、じつは性欲だった〉ということについての綿密な考察や、仮面が大量生産されたらという仮定から出発し、その社会的な意味を問いつめることにより、〈国家自身が一つの巨大な仮面〉ではなかろうか、という結論を出されるまでの着想と論理などすぐれた部分は少なくない」と評している[7]。しかしその一方、作品全体としては物足りなかったとし、「『デンドロカカリヤ』や『』以来――殊に戯曲の中で――安部の文体に常に蔵されていた、しぶといフモール(の精神)といったものや、『第四間氷期』がもっていた無意味さや、また『砂の女』が与えてくれたアクチュアリティも感じなかったものである」とも述べている[7]

三島由紀夫は、近来ほとんど見られなくなった、横光利一の傑作『機械』のような「思考実験小説」の位置を安部文学全般に期待しつつ、『他人の顔』は作品として『砂の女』よりも重要であるとし、主題に対する安部の意図について、以下のように解説している[3]

はふつう所与のものであつて、遺伝やさまざまの要因によつて決定されてをり、整形手術でさへ、顔の持つ決定論的因子を破壊しつくすことはできない。しかも顔は自分に属するといふよりも半ば以上他人に属してをり、他人のの判断によつて、自と他と区別する大切な表徴なのである。つまりわれわれは社会とのつながりを、自我と社会といふ図式でとらへがちであるが、作者はこの観念の不確かさを実証するために、まづ顔と社会といふ反措定を置き、しかもその顔を失はせて、自我を底なし沼へ突き落とすことからはじめるのだ。
この自我の絶対孤独が仮面を作り出すにいたる綿密きはまる努力は、あたかも作者の芸術的意慾とおもしろく符合してゐて、読者は作者と共にこんな難事業に取り組むことを余儀なくされる。仮面を作るに当つて、古典的客観的基準といふものは存在しないし、たとへ存在しても何の役にも立たない。第一、純粋自我がそのやうにして「他」の表徴を生み出すことができるかどうか、論理的な難点が先行するわけである。 — 三島由紀夫「現代小説の三方向」[3]

そして、「仮面」作製作業は、その問題性を突き詰めれば、「やがて、宇宙秩序にひびを入れ、自然歯車を狂はせるやうな、とてつもない作業」で、それは「もつとも徹底的な、認識による革命」であり、「この世界にもし一個の完璧な仮面が現はれたが最後、社会秩序の崩壊はつい目の前にある。もちろんこれが、芸術行為が真に社会的現実性を帯びることを禁じられてゐる根本原因なのである」と三島は説明しつつ、作中で主人公が、仮面の作製と完成途上で、「芸術的昂奮」「戦慄的な陶酔」を語る部分が美しいと評している[3]

また三島は、『他人の顔』と同時期に発表された大江健三郎の『個人的な体験』と比較しつつ、技術的な面では『個人的な体験』の方が優れ、大江の苦闘的な文体、「言語のエロス」で導かれる文体、「誘惑的な汎神論的な」な文体の方が、安部の簡素な文体、「拒絶的な一神教的な」文体よりも三島の好みであると述べつつも、大江の『個人的な体験』の方は、副人物像や、暗い主題に対して安易に明るい偽善的なラストをつけてしまったことにがっかりしたと評し[3][8]、芸術的な面では安部の『他人の顔』の方が優れていると総評している[3][8]

映画

他人の顔
The Face of Another
監督 勅使河原宏
脚本 安部公房
原作 安部公房
製作 堀場伸世、市川喜一大野忠
出演者 仲代達矢京マチ子
音楽 武満徹
撮影 瀬川浩
編集 杉原よ志
製作会社 東京映画・勅使河原プロダクション
配給 東宝
公開 1966年7月15日
上映時間 122分(モノクロ)
製作国 日本
言語 日本語
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『他人の顔』(東京映画・勅使河原プロダクション、東宝

1966年(昭和41年)7月15日公開。モノクロ・スタンダード、122分。1966年度キネマ旬報ベストテンの第5位となった[9][10]。1966年度映画記者会賞ベスト3位、NHK映画賞ベスト7位、優秀映画鑑賞会ベスト2位に選出。

安部公房の脚本は、1966年(昭和41年)、雑誌『キネマ旬報』3月上旬号に掲載され、1986年(昭和61年)10月に創林社より刊行された『安部公房映画シナリオ選』に所収。他に、映画公開を記念して作られたと思われる非売品の、『“東宝シナリオ選集”「他人の顔」』もある。映画の脚本は小説とは異なるラストとなっている。

なお、新橋ビヤホール「ミュンヘン」でのシーンに、安部本人や作曲の武満徹ら、ゆかりの文化人が出演しているのが画面から確認できる[11]

音楽を担当した武満徹は、劇中の『ワルツ』を弦楽合奏のための『3つの映画音楽』第3曲として編曲している。

映画あらすじ

主人公の“男”は常務を勤める会社の工場で爆発事故に遭遇し、顔に修復不能な火傷を負った。頭全体を包帯で覆い、休職する“男”。暗い部屋で妻を抱こうとした“男”は、拒否されたショックから妻の顔も傷つけたい衝動に駆られ、精神科医に気持ちを吐露した。

精神科医の提案で、治療として元の顔とは異なる精巧な“マスク(仮面)”を作る事に同意する“男”。まだ包帯姿のうちに、“男”は妻に内緒でワンルーム・マンションの3階を借りた。「隠れ場所」を用意したと聞き、“男”が別人として自由を満喫して、透明人間のように振る舞う気だと察する精神科医。だが、“男”の希望は、妻の“嫉妬”も含め、あらゆる関係を取り戻すことだった。

妻には一週間の出張だと偽り、仮面を装着する“男”。精神科医に、行動の詳細な報告を約束した“男”は、新しい顔でマンションに戻り、別人として5階に新たな部屋を借りた。3階の部屋ではケアの為に仮面を外し、誰にも気づかれずに二部屋を行き来する“男”。だが、管理人の知的障害の娘(内縁の妻)だけは、仮面の有無に関わらず“男”が同一人物だと見抜いた。

知的障害の娘は鋭い臭覚で嗅ぎ分けただけだと問題にしない精神科医。あえて知人に会い、正体を悟られない事に自信を持った“男”は、自分の妻を誘惑すると医師に告白した。仮面を大量生産し、誰でもない自由な人間ばかりになれば、欺瞞や裏切りも無くなると理想を述べる精神科医。

外出中の妻を仮面の顔で呼び止め、お茶に誘う“男”。意外にも妻は気軽に喫茶店に同行した。同じ頃、精神病院で患者の面倒を見る下働きの若い“女”が、同居する兄と海辺に一泊旅行に出かけた。彼女は美人だが顔の右半分を覆う醜いケロイドを苦にしていた。

他人として、妻をアパートの5階の部屋に連れ込み、関係を持つ“男”。海辺の宿では、ケロイドの“女”が、兄に迫って処女を捨てていた。明け方、妻に正体を明かし、激しく罵る“男”。だが、妻は初めから相手が夫だと気づいていた。騙しきったつもりで抱き、不義を責めた夫に失望し、立ち去る妻。夜明けの海岸ではケロイドの“女”が入水自殺を決行し、それを止められない兄が、宿の部屋でもだえ泣いていた。

夜になり、仮面の顔で包丁を持参し、自宅に戻る“男”。だが、妻は居留守を使い、夫を家に入れなかった。自分は誰でもないと呟いて夜道で女性を襲い、警察に逮捕される“男”。連絡を受けた精神科医は、逃亡した患者だと偽って“男”を釈放させた。連れ立って帰る道すがら、自由になれと説く精神科医を包丁で刺す“男”。医師は路上に崩折れた。

キャスト

スタッフ

ソフト化

おもな刊行本

  • 『他人の顔』(講談社、1964年9月25日)
    • 装幀:松本達。
  • 文庫版『他人の顔』(新潮文庫、1968年12月20日。改版1989年、2013年)
  • 『安部公房 映画シナリオ選』(創林社、1986年10月5日)
  • 英文版『The Face of Another』(訳:D.E. Saunders)(Tuttle classics、1967年)
  • ドイツ語版『Das Gesicht des Anderen』(訳:オスカー・ベンル)(Eichborn Verlag, 1992)[12]

脚注

注釈

  1. ^ 安部公房は、『砂の女』『他人の顔』『燃えつきた地図』を「失踪三部作」としている[2][1]

出典

  1. ^ a b c 安部公房(聞き手:秋山駿)「私の文学を語る」(三田文学 1968年3月号に掲載)
  2. ^ 安部公房「〈著者との対話〉通信社配信の談話記事」(名古屋タイムズ 1967年10月2日号に掲載)
  3. ^ a b c d e f 三島由紀夫「現代小説の三方向」(展望 1965年1月号に掲載)
  4. ^ 「作品ノート17」(『安部公房全集 17 1962.11-1964.01』)(新潮社、1999年)
  5. ^ 「作品ノート18」(『安部公房全集 18 1964.01-1964.09』)(新潮社、1999年)
  6. ^ 安部公房「消しゴムで書く――私の文学」(1966年2月)
  7. ^ a b 平野栄久「仮面の罪――安部公房『他人の顔』における作家主体と作品世界」(新日本文学 1966年8月号に掲載)
  8. ^ a b 三島由紀夫「すばらしい技倆、しかし……―大江健三郎氏の書下し「個人的な体験」」(週刊読書人 1964年9月14日号に掲載)
  9. ^ 「昭和41年」(80回史 2007, pp. 156–161)
  10. ^ 「1966年」(85回史 2012, pp. 230–238)
  11. ^ 「作品ノート20」(『安部公房全集 20 1966.01-1967.04』)(新潮社、1999年)
  12. ^ 安部, 公房、Benl, Oscar『Das Gesicht des Anderen : Roman』(Neuausg)Eichborn Verlag、1992年https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA2156151X 

参考文献

  • 文庫版『他人の顔』(付録・解説 大江健三郎)(新潮文庫、1968年。改版1989年、2013年)
  • 『安部公房全集 17 1962.11-1964.01』(新潮社、1999年)
  • 『安部公房全集 18 1964.01-1964.09』(新潮社、1999年)
  • 『安部公房全集 20 1966.01-1967.04』(新潮社、1999年)
  • 『新潮日本文学アルバム51 安部公房』(新潮社、1994年)
  • 『決定版 三島由紀夫全集第33巻・評論8』(新潮社、2003年)
  • 『キネマ旬報ベスト・テン80回全史 1924-2006』キネマ旬報社キネマ旬報ムック〉、2007年7月。ISBN 978-4873766560 
  • 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』キネマ旬報社〈キネマ旬報ムック〉、2012年5月。ISBN 978-4873767550 
  • 日高靖一ポスター提供『なつかしの日本映画ポスターコレクション――昭和黄金期日本映画のすべて』近代映画社〈デラックス近代映画〉、1989年5月。ISBN 978-4764870550 

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