争点の詳細
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/21 15:36 UTC 版)
『喜びの琴』には、主人公・公安巡査・片桐の反共的文言が含まれる以下のような台詞があるが、その片桐とコンビを組み対話する上司の松村部長の役が俳優・北村和夫であった。共産党を支持していた北村和夫は、この役がどうしてもできないと訴え、「僕の役の反共的なセリフは、僕にはしゃべれません。役者としてこの役は、どうしても、やれません!」と泣いたという。 国際共産主義の陰謀ですよ。あいつらは地下にもぐつて、世界のいたるところで噴火口を見つけようと窺つてゐるんです。世界中がこの火山脈の上に乗つかつてゐるんです。もしこの恣まな跳梁をゆるしたら、日本はどうなります。日本国民はどうなります。日本の歴史と伝統と、それから自由な市民生活はどうなります。われわれがガッチリ見張つて、奴らの破壊活動を芽のうちに摘み取らなければ、いいですか、いつか日本にも中共と同じ血の粛正の嵐が吹きまくるんです。地主の両足を二頭の牛に引張らせて股裂きにする。妊娠八ヶ月の女地主の腹を亭主に踏ませて踏ませて殺す。あるひは一人一人自分の穴を掘らせて、生き埋めにする。いいかげんの人民裁判の結果、いいですか、中共では十ヶ月で一千万以上の人が虐殺された。一千万といへば、この東京都の人口だ。それだけの人数が、原爆や水爆のためぢやなくて、一人一人同胞の手で殺されたのだ。それが共産革命といふものの実態です。それが革命といふものなんです。こんなことがわれわれの日本に起つていいと思ひますか。 — 三島由紀夫「喜びの琴」 また、劇中の他の警官の台詞にも、〈この雪の中のあちこちで、毛唐や三国人があひかはらず、悪事をたくらんで動きまはつてゐる〉というものがあり、これらのことから、当時、毛沢東支持者であった杉村春子らが先導し『喜びの琴』の稽古、上演拒否をした。三島由紀夫は戌井市郎理事が報告に来たとき、「戌井さん、文学座には共産党何人いるんだ?」と、この騒動の時に聞いたという。 戌井市郎は、三島が『喜びの琴』を書いた理由に関し、「彼(三島は)は、要するに文学座は杉村春子の劇団で、男連中は席がないみたいだ。じゃあその男連中に、もっと元気のでる芝居を書くんだ、ということを言って」いたとし、また、長岡輝子から聞いた話として、「長岡さんが三島さんに『喜びの琴』のことを、あれは踏み絵じゃないかと言ったんですよ。すると、『バレたか』と言ったんだって。(中略)でも、彼は、劇団が混乱して中止にまでなるとは考えてなかったと思う」と回顧している。 三島は、〈芸術至上主義の劇団が、思想的理由により台本を拒否するといふのは、喜劇以外の何ものでもない〉として、上演拒否をした文学座の俳優陣に対して、以下のような訣別の意向を示した。 諸君が芸術および芸術家に対して抱いてゐる甘い小ずるい観念が今やはつきりした。なるほど「喜びの琴」は今までの私の作風と全くちがつた作品で、危険を内包した戯曲であらう。しかしこの程度の作品におどろくくらゐなら、諸君は今まで私を何と思つてゐたのか。思想的に無害な、客の入りのいい芝居だけを書く座付作者だとナメてゐたのか。さういふ無害なものだけを芸術と祭り上げ、腹の底には生煮えの政治的偏向を隠し、以て芸術至上主義だの現代劇の樹立だのを謳つてゐたなら、それは偽善的な商業主義以外の何ものなのか。諸君によく知つてもらひたいことがある。芸術には必ず針がある。毒がある。この毒をのまずに、ミツだけを吸ふことはできない。四方八方から可愛がられて、ぬくぬくと育てることができる芸術などは、この世に存在しない。諸君を北風の中へ引張り出して鍛へてやらうと思つたのに、ふたたび温室の中へはひ込むのなら、私は残念ながら諸君とタモトを分つ他はないのである。今年一月の分裂事件以後、私は永年世話になり、かつ、相共に助けてきた諸君のために、微力をつくしてきたつもりである。諸君に対する愛情は、今急に吹き消さうとしても、吹き消せるものではない。しかし、諸君が愚劣の中へおぼれようとするとき、私にはもうその手を引張つて助け上げる力はない。むりにさうすれば、私も共に愚劣へおぼれ込む他はないからだ。 — 三島由紀夫「文学座の諸君への『公開状』――『喜びの琴』の上演拒否について」 また、杉村春子個人に対しては、〈俳優は、良い人間である必要はありません。芸さへよければよいのです。と同時に、俳優は、俳優に徹することによつて思想をつかみ、人間をつかむべきではないでせうか。組織のなかで、中途はんぱなつかみ方をするのはいけないと思ひます〉と述べている。
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