ロンドン港湾の歴史
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ローマ時代から中世まで、ロンドンの船着場はシティ・オブ・ロンドンとその対岸のサザーク(サウス・バンク)の間のテムズ川岸、プール・オブ・ロンドン(Pool of London、ロンドン波止場)にあったが、陸揚げした貨物や船の中の貨物を保護する施設がなくたびたび盗賊に狙われた。プール・オブ・ロンドンには、シティ・オブ・ロンドンから特権を与えられた荷役人夫(シティ・ポーター)がおり検量や荷役に携わっていたが、荷主の間からは料金も高く腐敗したシティ・ポーターをはずそうという動きもあった。また、波止場には17世紀以降急増する船をさばくだけの余裕がなかった。こうして、ロンドン以外の、テムズ川河口や地方の港湾に貨物が逃げ始めていた。 1696年、テムズ川南岸のサザークの東(下流側)の半島、ロザーハイズに、この地の地主であったベッドフォード公爵ウィリアム・ラッセルらによって「ハウランド・グレート・ドック」(後に拡大され、サリー商業ドックとなる)が完成した。このドックは長方形の大きな堀で、120隻の大型船を停泊させることができた。荷役のための通路や倉庫、周りを囲う壁などはまだ設けられていなかったが、シティの外の私有地にありポーターの特権が及ばず、貨物や船の安全などの問題が改善されたため、たちまちロンドン一の港湾となり、後のドックの雛形となった。1802年の西インドドックを皮切りに、19世紀に入り、ロンドン塔の東側のワッピングやその先のドッグ島などにさまざまな会社によって次々と大型のドックが完成し、ロンドン港はヨーロッパや大英帝国の各地からの貨物を集散する世界一の港湾となった。 ドックにもいくつかの種類があり、ウェットドック(泊渠)は堀の入り口に閘門、周囲に倉庫や防壁を設けたもので、船が入って停泊し荷役をすることができた。ドライドック(乾船渠)は小型のもので、船を入れた後に堀から水を抜き、修理をするためのものであった。同様の構造で船を作る造船所もテムズ川沿いにあり、その他倉庫や船着場がびっしりとテムズ川沿いに並んでいた。また、各ドックは砂糖・穀物・材木など貨物の種類ごとに特化して荷役施設を作っていることが多かった。こうした貨物はドックランズからイギリス各地へ、はしけに積まれて運河経由で、あるいは鉄道などで送られた。 ドックランズには船からはしけに貨物を上げ下ろしする沖仲仕(Lightermen)や、はしけや船から陸に貨物を上げ下ろしする陸仲仕など港湾労働者が多く集まった。はしけを持ち会社や組合を作る沖仲仕など熟練労働者もいたが、多くは日雇いの未熟練労働者で、毎日早朝にフォアマン(現場監督)による荷役仕事の募集に応じるためパブに集まっていた。仕事の有無、内容、給与はパブに行ってからでないと分からず、割のいい仕事にありつけるかは一種のギャンブルであった。こういった労働形態は第二次大戦後まで続いた。 もともと低湿地で農業に向いていなかった無人のドックランズ周辺には労働者相手のパブや宿屋、集合住宅など下町が急速に形成されたが、市内からは数本の道しかなく、隔絶した貧困な(しかし強固な)コミュニティを形成しており、ギャングなどの犯罪の温床になる一方、団結して政府に対し抗議行動を起こすこともあった。 19世紀末になると、イギリスの港湾は大陸ヨーロッパの港湾に対し相対的地位が低下しつつあった。行政が強い権限を持つ大陸ヨーロッパ諸港に対し、同じ港内に港湾会社がひしめき相互に調整が取れていないこともイギリスの港湾の弱みとみなされた。1909年、ドックを経営する各民間会社は物流の効率化や利害調整、労働問題の改善などのため「ロンドン港湾局」に統合された。世界最初期のポート・オーソリティであるロンドン港湾局のもと、ドックランズはロイヤルドックのキングジョージ5世ドックまで拡大し、さらに下流のティルバリーにまで多くのドックや内陸港湾が形成された。 第二次大戦時のバトル・オブ・ブリテンにおけるロンドン空襲により、ドック群は集中的な攻撃を受け大きく破壊された。復興には1950年代までかかりドックランズは再び繁華な港湾となったが、その終焉は突然訪れた。コンテナによる海上運送・陸上運送の物流革命により、船会社は寄航先をコンテナに対応しないドックランズから、コンテナ化に成功したティルバリーへ、さらに外海に面し水深が深いため大型の船舶が入港できるフェリクストウに移転したのである。1960年代から1980年代までにかけてすべてのドックは営業を停止し、ロンドン都心の真横に21平方kmの廃墟が誕生した。港湾労働者が多く住むロンドン東部イーストエンドには失業者が溢れ、それに絡む諸問題が頻発した。
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