リビアの撤退とは? わかりやすく解説

リビアの撤退

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/08 08:58 UTC 版)

チャド・リビア紛争」の記事における「リビアの撤退」の解説

1981年1月6日リビアトリポリで、カダフィとグクーニにより「リビアチャドが『二国間の完全な統一達成目指し努力する』と決定した」との共同声明が発せられた。合併計画アフリカにおいて強い拒絶反応引き起こした。またフランス直ちに強い非難表明し1月11日には友好的なアフリカ諸国防衛拠点増強申し出1月15日にはフランス地中海艦隊警戒態勢入ったリビアは「石油禁輸する」、一方フランスは「リビア国境接す他国攻撃した場合フランスはそれに反応する」と、互いに恫喝応じたまた、トリポリでグクーニと共にいた暫定国民連合政府(GUNT)の閣僚も、アシル除いて全員、この共同声明反対であった。 グクーニがこの共同声明内容受け入れた背景は、カダフィからの脅し激し圧力カダフィ約束した財政支援、といった要因混在していた、とほぼ一致して考えられている。グクーニのトリポリ訪問直前、グクーニは2人指揮官事前協議のためリビア派遣していた。グクーニはトリポリ訪問時にカダフィから、その2人は「リビア反体制派」に暗殺されたと聞かされまた、リビア支持自身権力失いたくなければ合併計画受け入れるべきだと諭された。 共同声明対する強い逆風により、「union」とは両国民の「連合」のことであり両国家の「合併」の意ではないと、カダフィとグクーニは共同宣言矮小化を行うこととなった。しかし、ダメージ抑えることはできず、グクーニの愛国主義者立派な政治家指導者としての信望はひどく低下することとなった国際的な圧力高まりに対して、グクーニは「チャド政府要請基づいてリビア軍チャド駐留している。国際的な仲裁役は、チャドにおける合法政府為した決定受け入れるべきだ」と述べた1981年5月開催会議においては、グクーニはやや軟化し「リビアの撤退は優先事項ではないが、アフリカ統一機構OAU)の決定受け入れる」と表明したエジプトスーダン支援しアメリカ中央情報局エジプト通じて資金提供行っている、ハブレ率い北部軍FAN)に対処する必要から、グクーニはその当時リビア軍事支援放棄することが出来なかった。 グクーニとカダフィの関係は悪化し始めたリビア軍チャド北部及び中央部各地駐留し兵士数は1981年1-2月までに約14000人に達した駐留リビア軍は、アシル勢力他勢力との紛争4月下旬のグクーニ率い人民軍FAP)との衝突を含む)においてアシル勢力支援し暫定国民連合政府(GUNT)に著し迷惑を掛けることとなったチャド住民リビア化する試みもあり、「リビアにとっての『統合』とは、アラブ化(英語版)と、リビア政治文化(特に「緑の書」)の押し付け意味する」と多くの者が結論付けた1981年10月カダフィ配下民兵組織イスラム軍団とグクーニ配下軍との戦闘が行われ、アシル暫定国民連合政府(GUNT)の指導者になるためにクーデター計画しているとの噂が立つなかで、10月29日、グクーニは、首都はじめチャド領土からのリビア軍の完全かつ明確な撤退12月31日実施期限として要請したリビア軍撤退後は、アフリカ統一機構OAU)のインター・アフリカ軍(ドイツ語版)(IAF)が派遣される予定であったカダフィはこれを受け入れ11月16日までに全てのリビア軍チャド離れアオゾウ地帯移動再配置するとことなったリビア迅速な撤退多くの者を驚かせた。その理由一つは、カダフィが「1982年アフリカ統一機構OAU年次総会ホスト国、議長国なりたい」と考えていたことであったもう一つ理由は、チャドにおけるリビア困難な状況、つまりは、チャド駐留に対してチャド国民及び国際的なある程度容認無ければアメリカ支援するエジプト・スーダンとの戦争の原因となる明確な危険性があり、その危険を冒すことは困難であったことである。カダフィは、チャドに関して設定した目標諦めたわけではなかったが、グクーニが信頼できない人物であると明確になったので、グクーニに替わるチャド新し指導者を見つけなければならなかった。

※この「リビアの撤退」の解説は、「チャド・リビア紛争」の解説の一部です。
「リビアの撤退」を含む「チャド・リビア紛争」の記事については、「チャド・リビア紛争」の概要を参照ください。

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