モットーの意味するものとは? わかりやすく解説

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モットーの意味するもの

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/03 01:30 UTC 版)

ジュ・ム・スヴィアン」の記事における「モットーの意味するもの」の解説

このモットー託され思いが何であるのか、タシェは何ら説明をしていない。しかしシメオン・ルサージュに宛てた手紙の中で、議事堂ファサード配した彫像意図について述べ、それが人々何を記憶するよう促すのであるかを説明している。 州議事堂周囲には24歴史上の人物の像がある。 ケベック植民地創設者 ジャック・カルティエ サミュエル・ド・シャンプラン ポール・ショメディ・ド・メゾヌーヴ 聖職者 フランソワ・ド・ラヴァル ジャン・ド・ブレブフ ジャック・マルケット ジャン=ジャック・オリエ 軍人 ルイ・ド・ブアド・ド・フロンテナック ジェームズ・ウルフ ルイ=ジョゼフ・ド・モンカルム レビ伯フランソワ・ド・ガストン 先住民 フランス人統治者 ピエール・ド・ヴォワイエ・ダルジャンソン アレクサンドル・ド・プルヴィル ルイ=エクトール・ド・キャリエール シャルル・ド・モンマニ ルイ・ダイユブ・ド・クーロンジュ ヴォードルイユ=カヴァニャル侯ピエール・フランソワ・ド・リゴー イギリス領になってからの総督(タシェが「最も自分達の国民性理解していた」とする者) ジェームズ・マレイ 初代ドーチェスター男爵ガイ・カールトン ジョージ・プレヴォスト チャールズ・バゴット 第8代エルギン伯爵ジェイムズ・ブルースエルギン卿) このエルギン伯は、責任内閣導入において、大きな役割果たした人物みなされ特別な所を与えられている。タシェは、将来にも像を作ることを想定して、何カ所かを空けておいた。 一方でタシェの同時代人にとっては、このモットー解釈難しいものではなかった。最初期解釈として参照できるものは、歴史家のトマ・シャペと公務員のエルネスト・ギャニョンによるものである。 トマ・シャペは、1895年6月24日レビ伯の像の除幕式こういう演説行っている。「…ケベック州には、州が誇りとし、好んで州内記念碑建築物刻まれるモットーがある。このモットーはわずか3語である、ジュ・ム・スヴィアン、しかしこの簡潔な表現には、とうとうと語られる演説よりももっと価値があるのだ。そう、忘れてならないのである。我々は過去とその教訓過去とその不運過去とその栄光忘れてならないのである。翌1896年、エルネスト・ギャニョンはこう書いている。「このモットーには、連邦中でも個性の強いケベック州シャンプランとメゾヌーヴが作ったカナダの、その存在理由がまとめられている」 1919年、タシェの死から7年経ち歴史家ピエール=ジョルジュ・ロイは、このモットー表される特徴についてこう指摘した。「この3つの単語雄弁物語っているもの、それは過去と同様、現在も未来も、連邦の中で唯一のフランス人によるフランス語の州だということだ」この文章は、その後何度かにわたって引用され、また別の言葉言いかえられた。 大勢学者たちが、このモットー論拠を見つけようとしていた。民俗学者のコンラッド・ラフォルトは、『Un Canadien errant迷えフランス系カナダ人)』の一節Va, dis à mes amis/ Que je me souviens d’eux(さあ語れわが友よ、彼らのことは忘れないと)」が由来ではないか考えた。あるいはヴィクトル・ユーゴーの詩『Lueur au couchant(夕陽の光)』 でないかとも考えた作家のアンドレ・デュバルは、答えはもっと簡単で、すぐ身近にあると考えた州政府の建物の、ドアの上ローヌ侯爵紋章刻んであり、そのモットーが「Ne obliviscaris」(忘れるなかれ)とあるのだ。ゆえに、デュバルはこう信じた。「ケベック州モットーは、同時にローヌ侯のモットーをも表現しており、フランス系カナダ人の、ヴィクトリア女王への回答でもある」 1978年以前出版された英語の研究書でも、モットー起源に関してはそう変わらなかった。このモットーと、それをどう解釈するかで、多く言葉費やされた。「タシェ氏は、ケベック州紋章にもある、美しく詩的で、そして愛国的なモットージュ・ム・スヴィアン発案者である。このモットーの意味するところを、たやすく英語で表現することはできないが、意味を伝えるために置き換えることはできる、我々は忘れない忘れないであろう、我々のいにしえ血筋を、伝統を、記憶を」 1955年歴史家のメーソン・ウェードは、自らの意見をこう書き述べた。「フランス系カナダ人ジュ・ム・スヴィアンという時、ただ単にヌーヴェル・フランス植民地時代忘れないというのではない。自分たちはイギリス征服され民族である事実をもまた示唆しているのだ」

※この「モットーの意味するもの」の解説は、「ジュ・ム・スヴィアン」の解説の一部です。
「モットーの意味するもの」を含む「ジュ・ム・スヴィアン」の記事については、「ジュ・ム・スヴィアン」の概要を参照ください。

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