出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/07/20 12:47 UTC 版)
「アルクビエレ・ドライブ」の記事における「エネルギーの問題」の解説
PfenningとFordは量子力学的な制限を考慮に入れつつ上記のエネルギーの数値計算を行った。Pfenning達はまず「弱いエネルギー条件の破れが大きい(大きな負のエネルギーが発生する)ほど、観測者がそれを観測する時間 (sampling time) が短くなる」というQuantum Inequality (QI) と呼ばれる条件(つまり一種の不確定性原理)からワープバブルの厚み Δ {\displaystyle \Delta \,} はきわめて薄くなるだろうと考察し、 f ( r s ( t ) ) {\displaystyle f(r_{s}(t))\,} を次のように近似した。 f p . c . ( r s ) = { 1 , r s < R − Δ 2 , − 1 Δ ( r s − R − Δ 2 ) R − Δ 2 < r s < R + Δ 2 , 0 , r s > R + Δ 2 , {\displaystyle f_{p.c.}(r_{s})={\begin{cases}1,&r_{s}<R-{\Delta \over 2},\\{-1 \over \Delta }(r_{s}-R-{\Delta \over 2})&R-{\Delta \over 2}<r_{s}R+{\Delta \over 2},\end{cases}}} この近似、およびsampling time中はワープバブルの移動速度を等速度 v s ( t ) ≈ v b {\displaystyle v_{s}(t)\approx v_{b}\,} とみなす近似を用いると、リーマンの曲率テンソルとsampling time の間の関係からsampling time : t 0 {\displaystyle t_{0}\,} は以下のように求まる。 t 0 = α 2 Δ 3 v b , 0 < α ≪ 1. {\displaystyle t_{0}=\alpha {\frac {2\Delta }{{\sqrt {3}}v_{b}}},\quad 0<\alpha \ll 1.} ここで α {\displaystyle \alpha \,} は t 0 {\displaystyle t_{0}\,} の小ささを記述するための係数である。これをQI条件に用い、いくらかの近似を行うことでワープバブルの厚み Δ {\displaystyle \Delta \,} の上限が以下のように求まる。 Δ ≤ 3 4 3 π v b α 2 . {\displaystyle \Delta \leq {3 \over 4}{\sqrt {3 \over \pi }}{v_{b} \over \alpha ^{2}}.} ここで、たとえば α = 1 / 10 {\displaystyle \alpha =1/10\,} とすればプランク長を L P l a n c k {\displaystyle L_{Planck}\,} として次のようになる。 Δ ≤ 10 2 v b L P l a n c k . {\displaystyle \Delta \leq 10^{2}v_{b}L_{Planck}.} すなわち、ワープバブルの壁はきわめて薄くなければならないと予想される。厚みに関する条件がわかったので、この条件を用いて f p . c . ( r s ) {\displaystyle f_{p.c.}(r_{s})\,} で記述される計量のエネルギー計算が可能となる。エネルギー E {\displaystyle E\,} の表式は x s ( t ) = v b t {\displaystyle x_{s}(t)=v_{b}t\,} として t = 0 {\displaystyle t=0\,} の場合を考えることで一般性を保持したまま単純化され、以下のようになる。 E = ∫ d x 3 | g | ⟨ T 00 ⟩ , = − 1 12 v b 2 ∫ R − Δ 2 R + Δ 2 r 2 ( − 1 Δ ) 2 d r , = − 1 12 v b 2 ( R 2 Δ + Δ 12 ) . {\displaystyle {\begin{aligned}E&=\int dx^{3}{\sqrt {|g|}}\langle T^{00}\rangle ,\\&=-{1 \over 12}v_{b}^{2}\int _{R-{\Delta \over 2}}^{R+{\Delta \over 2}}r^{2}\left({-1 \over \Delta }\right)^{2}dr,\\&=-{1 \over 12}v_{b}^{2}\left({R^{2} \over \Delta }+{\Delta \over 12}\right).\end{aligned}}} なお、 r s = r {\displaystyle r_{s}=r\,} であり、 g = Det | g i j | {\displaystyle g={\mbox{Det}}|g_{ij}|\,} である。ここにバブルの厚みの条件を与え、また実用的なワープバブルとして R = 100 m {\displaystyle R=100\ m\,} と仮定することにより、具体的なエネルギーは以下のようになる。 E ≤ − 6.2 × 10 70 v b L P l a n c k ∼ − 6.2 × 10 62 v b kg . {\displaystyle E\leq -6.2\times 10^{70}v_{b}L_{Planck}\sim -6.2\times 10^{62}v_{b}\ {\mbox{kg}}.} 我々の住む天の川銀河の質量 M g a l a x y = 2 × 10 42 kg {\displaystyle M_{galaxy}=2\times 10^{42}\ {\mbox{kg}}\,} を典型的な銀河の質量とみなすと、このエネルギーは E ≤ − 3 × 10 20 M g a l a x y v b {\displaystyle E\leq -3\times 10^{20}M_{galaxy}v_{b}} と記述され、 v b ∼ 1 {\displaystyle v_{b}\sim 1\,} すなわち光速度で飛行するために必要なエネルギー(の絶対値)は現在観測されうる全宇宙に存在するエネルギーの 10 10 {\displaystyle 10^{10}\,} 倍を要すると結論付けられる。一般相対性理論的に考えて現在の宇宙でビッグバンのような過激な時空変化を生じさせたければビッグバンを遥かに超えるエネルギーが必要と言う結果である。Pfenning達はこの計算を行った締めくくりに、もし何らかの方法でQI条件を回避しバブルの厚みを1メートルにまでできるなら太陽質量の4分の1のエネルギーで、またワープバブルの半径を原子より小さいスケール、たとえば電子1個のコンプトン波長にまで縮小すれば太陽質量の400倍程度にまで削減することが可能であろうと述べている。物理の基本法則を打ち破るかあまりに非実用的な大きさにするかしなければ実現できない(つまり不可能)というわけだ。 そこで、バブルのスケールを小さくすることに着目して必要エネルギーの削減を考案したのがChris Van Den Broeckである。彼はアルクビエレの考案した計量に以下のようなわずかな修正を加えた。 d s 2 = − d t 2 + B 2 ( r s ) [ ( d x − v s ( t ) f ( r s ( t ) ) d t ) 2 + d y 2 + d z 2 ] . {\displaystyle ds^{2}=-dt^{2}+B^{2}(r_{s})\left[\left(dx-v_{s}(t)f(r_{s}(t))dt\right)^{2}+dy^{2}+dz^{2}\right].} ここで B ( r s ) {\displaystyle B(r_{s})\,} は二次微分可能な任意の関数であり、次のような条件付けが為されている。 B ( r s ) = 1 + α for r s < R ~ , 1 < B ( r s ) ≤ 1 + α for R ~ ≤ r s < R ~ + Δ ~ , B ( r s ) = 1 for R ~ + Δ ~ ≤ r s . {\displaystyle {\begin{array}{lcl}\qquad B(r_{s})=1+\alpha &{\mbox{for}}&r_{s}<{\tilde {R}},\\1<B(r_{s})\leq 1+\alpha &{\mbox{for}}&{\tilde {R}}\leq r_{s}<{\tilde {R}}+{\tilde {\Delta }},\\\qquad B(r_{s})=1&{\mbox{for}}&{\tilde {R}}+{\tilde {\Delta }}\leq r_{s}.\end{array}}} ここでの α {\displaystyle \alpha \,} は非常に大きな定数であり、 R ~ {\displaystyle {\tilde {R}}\,} は B ( r s ) {\displaystyle B(r_{s})\,} が作る新たなバブルの半径、 Δ ~ {\displaystyle {\tilde {\Delta }}\,} はそのバブルの厚みである。そのバブルの外側の R > R ~ + Δ ~ {\displaystyle R>{\tilde {R}}+{\tilde {\Delta }}\,} を満たす領域では、これまでの議論通りのアルクビエレのワープバブル f ( r s ) = 1 for r s < R , 0 < f ( r s ) ≤ 1 for R ≤ r s < R + Δ , f ( r s ) = 0 for R + Δ ≤ r s , {\displaystyle {\begin{array}{rcl}f(r_{s})=1&{\mbox{for}}&r_{s}<R,\\0<f(r_{s})\leq 1&{\mbox{for}}&R\leq r_{s} 0.981 {\displaystyle w>0.981\,} の領域、すなわちバブルの壁の内側に近い部分が正のエネルギーを持ち、それより外側の 0 ≤ w ≤ 0.981 {\displaystyle 0\leq w\leq 0.981\,} の領域において負のエネルギーを持つ。それらのエネルギーはそれぞれ以下のようになる。 E i n , + = 4.9 × 10 30 kg , E i n , − = − 1.4 × 10 30 kg . {\displaystyle {\begin{array}{rcl}E_{in,+}&=&4.9\times 10^{30}\ {\mbox{kg}},\\E_{in,-}&=&-1.4\times 10^{30}\ {\mbox{kg}}.\end{array}}} したがって、これらの総エネルギーはバブルが光速度で移動しているとしても高々太陽質量の数倍程度に抑えられる。また、これらの設定はQI条件も満たしており、計算上はまだワープバブルが実現できる可能性が残ったと言えたわけである。ただし、大きな空間の外側を絞って見かけの大きさを縮めたわけではなく極微な空間の内側を大きく広げたため、その中に入る方法は考慮されていないし、Van Den Broeckも論文内で言及しているが、これらの莫大なエネルギーをエネルギー密度として空間上に配置せねばならず、負のエネルギーの実用化が可能になったとしても果たしてそのような莫大なエネルギーの生成、集中が可能なのかと言うことには疑問が多く残っている。そしてそもそも、負のエネルギー自体がカシミール効果やダークエネルギーという形でしか物理学の領域に登場してこず、現在の見通しとして具体的に取り出すことが不可能であろうと予想されるエネルギーなのである。
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