地下鉄
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/20 23:20 UTC 版)
構造
路線
一般的に地下鉄と呼ばれる路線でも高架区間や地上区間を有することはあるが、トンネル構造物が区間の大部分を占める地下鉄では保守点検作業に多くの手間が掛かる。そのため、それを少しでも減らすために維持の手間が少ない直結軌道やスラブ軌道の路線を採用していることが多い。この方式では床や枕木にコンクリートを使用するため、砂利を敷き詰めるバラスト軌道に比べ寿命が長く、車体への負担も少ないという利点がある。その代償に初期費用がバラスト軌道に比べて非常に割高である。
世界の全ての地下鉄が電化されている。その電源・集電方法は国や路線によって様々である。電源は直流600 - 1,500Vが主に使われている。交流を採用している路線は、インドのデリー(25,000V 50Hz)のみである[注 5]。アジアでは750Vと1,500Vが、ロシア・東ヨーロッパでは825Vが、西ヨーロッパや北アメリカでは600Vから750Vが、南アメリカでは750Vや3,000Vが主流である。集電方法は第三軌条方式(およびロンドンの四軌条方式)と架空電車線方式があるが、国や地方同士の中でも混在しており、分布の偏りは見られない。なお、第三軌条方式は鉄道が走行する2本のレールに平行して3本目のレールを敷設し、このレールを通じて電源を供給する方式である。地下鉄において集電方法に第三軌条方式を採用すると架空線の場合よりもトンネルの断面積が狭くなり、建設費用が抑えられる。同じ目的で日本などの一部の国では鉄輪式リニアモーターカーも採用されている。
駅
地下鉄の他に地上の鉄道路線や高速鉄道などの複数の路線が乗り入れるターミナル駅こそ地上構造物を共有している場合があるものの、たいていの地下鉄のみの駅は、地上に駅舎の設備を持たず、全ての設備を地下に備えていることが特徴的である。
多くの地下鉄駅の場合、地上の構造物は簡易的な構造となっており、地下へと繋がる昇降設備、つまり駅への入り口のみで構成されている。だが、地上・地下への階段の昇り降りは、障害者や高齢者にとっては地下鉄を利用する際の妨げとなっている。そこで、近年各国で新設されている路線ではこれらの人を対象に、エスカレーターやエレベーターを設置するなどして駅をバリアフリー化する試みが行われる。
地下鉄しか乗り入れていない地下鉄駅の入り口はバス停留所のように歩道へ設置されていることが多く、一目で地下鉄駅だと認識できるような工夫がされている。例として、地下鉄を運営する団体や路線のロゴを掲げたりペイントアートを行ったりする例が挙げられる。また、駅構内の広大な壁面を利用し、広告の掲示や絵画などの美術作品の展示が行われることもある。
地下鉄のプラットホームは地下にあることが多い。地下にある場合、換気設備や消火設備の重要性が特に高いため、常に整備する必要がある。しかしながら、駅の構造や予算の問題等で十分に整備が行き届いていない路線が多いのが現状とされる。1990年代以降に建設された一部の路線には、落下防止柵やホームドアの設置といった安全対策も行われている。また、地理や言葉に不慣れな乗客のために構内の放送だけでなく、プラットホームに列車の行先・種別を表示したり、駅名をアルファベットで表記したり、案内用として各駅に固有の番号を付与する(駅ナンバリング)など各種の配慮が講じられるようになってきている。
車両
開業当初のロンドン地下鉄の車両は蒸気機関車牽引だったため、石炭を燃焼した際の煙を水槽内の水に通過させることによりトンネル内に排出される煤煙と熱を抑える構造を備えていた。
その後は電気鉄道となるが、概ね幅2,500 mm程度、長さ15,000 mm程度の小柄な車両が用いられた。その後、幅2,800 mm、長さ18,000 mm程度までに大型化する。第二次世界大戦後はさらに車両が大型化し、東アジアでは幅2,800 - 3,200 mm、長さ20,000 mm程度の大型車両が用いられる例(東京、ソウル、シンガポールなど)もある。一方で建設費の点でトンネル断面を小さくした結果、車両も特殊な小型車とする例(イギリス・ロンドンのチューブ、グラスゴー、ブダペストなど)もある。
車両性能は高速性能より高加減速性能や登坂性能が重視される。このため、電動車の比率が高い。既存の構造物を避け、道路下などの狭隘な土地に建設されるため、急曲線と急勾配が多く、駅間距離も短いためである。
車体は大量の人員を輸送する関係で多くの扉が取り付けられている。全長18,000 mm以上の車両を中心に片側4扉以上の車両もあるが、世界的には1両当たり片側3扉が主流である。また列車の編成長は欧米で100 - 120 m前後、アジアでは200 m程度のものもみられる。
座席は欧米ではクロスシートの例が多く、アジアではロングシートが多い。
素材には外板には燃えにくい金属材料を使用するのはもちろんのこと、内装材にも不燃性、難燃性の素材が推奨されている。これは避難経路の限られた地下空間での火災の発生が大惨事を招く可能性が高いためである。しかし内装材については、日本などの一部の国を除いては依然として可燃性の素材が用いられていることが多い。中には古い全木製の車両が使われている路線もある。なお、地下鉄の運転士は前面窓への明るい室内の映り込みを防ぐため、運転室と客室間の仕切り部分のカーテン(遮光幕)を閉めて運行する。また、地下鉄を名乗るが、地上区間に駅を持つ路線も存在する。
地下鉄車両の冷房化はそもそも欧州では必要なところが少ないが、それ以外の地域でも遅れていた。これには以下の理由がある。車内を冷房すればそれによって発生する熱とドレン水が車外に放出され、トンネルと駅が蒸し暑くなる。次に冷房用の電源(第三軌条や架線より低圧の交流電源が一般的)が必要であり、電動発電機を大容量のものに換えるか別に搭載する必要があり、その場所を確保できなかった。そもそも第三軌条を採用した地下鉄は車両限界が小さく、冷房装置を積むだけの空間も無かった。
しかし、技術の進歩によってこれらは解決された。大きな要因は、発電ブレーキから回生ブレーキへの進化で大容量の抵抗器が不要となったことと、制御方式に抵抗器を用いないサイリスタチョッパ制御やインバータによる可変電圧可変周波数制御(VVVF制御)が普及したことが挙げられる。これによって車両から熱源を無くすことが可能となり、さらに冷房用の電源を積むスペースもできた。その電源にも、電動発電機より小型の静止形インバータ(SIV)を採用することで、より省スペース化が進んでいる。冷房装置そのものについても小型・高効率化がすすみ、第三軌条集電の車両でも、その屋根に薄型のものを置けるようになったことから、大阪市営地下鉄の10系(1979年)を皮切りに採用が始まっている。
現存する特殊な車両を用いる例として、ゴムタイヤ式が挙げられる。フランスと日本でそれぞれ異なる方式が開発された。フランスのものはカナダのモントリオール万国博覧会の開催に合わせて建設された。これはゴムタイヤを使用した最初の路線であった。通常のレールと車輪を案内とし、その外側にゴムタイヤとその踏板を設ける方式である。他にパリ、メキシコシティでも同様の方式が採用されている。これに対し、日本の札幌で実用化されたものは、走行用のゴムタイヤのほかに中央に1本の案内軌条を作り、それをゴムタイヤで挟む方式で、鉄軌と鉄輪を持たない。ゴムタイヤ方式では騒音の発生が少なく、発車時の加速度や停車時の減速度が高く、その変化も滑らかであるという特徴を持つが、消耗したタイヤの粉塵が舞うことから健康被害を心配する声もある[注 6]。また、転がり抵抗が鉄輪式に比べ大きいので消費電力が多く、タイヤの交換周期も短いためランニングコストが鉄輪式よりも高くなる。タイヤには荷重負担力の大きいラジアルタイヤ(札幌市営地下鉄は案内輪のみバイアスタイヤ)[5]が用いられており、パリでは過去にパンクした際、内部のスチールコードが第三軌条と接触して短絡する事故も起きている。
建設費を抑える為、1980年頃からは性能を保持したまま車両を小型化することが可能なリニア誘導モーターによる非粘着推進の車両が登場した。
車両の搬入については地上に置かれた車両基地へ送る、地下の車庫の直上に搬入用の穴を設けてクレーンで下ろすといった方法がある。車両メーカーからの車両基地への輸送方法は乗り入れ先の地上を走る鉄道線経由で送り込む、他の鉄道路線との物理的な接続がない場合には一般道路をトレーラによる陸送で送り込む方式が採られている。
注釈
- ^ ただし他の地上鉄道路線と直通運転を行っている場合、直通先で天候の影響を受けている場合は、当該地下鉄路線も影響を受ける場合がある。
- ^ 私有地の地下に通すと地代を払わなければならなくなる。また大阪市は都市計画道路と一体にして地下鉄を建設した経緯があり、当然ながら道路の上下にしか地下鉄は建設できなかった。
- ^ 急カーブの回避できない建設ルートを選択せざるを得ない場合や狭隘箇所を通過する場合も、建築限界や最小曲線半径の制限を受け小型の車両になる。
- ^ 東京メトロ銀座線の渋谷駅周辺のように建設当時における地下鉄車両の登坂能力上の要請から地下を通さず高架区間にした例、浸水被害の可能性や地盤の不同沈下への対策のためあえて高架にしたOsaka Metro中央線の例もある。
- ^ 事実上地下鉄と同一の機能を果たしている都市の地下路線では、交流電化の例がある。ドイツのミュンヘン、フランクフルト、シュトゥットガルトのSバーン(15,000V 16 2/3Hz)、韓国のソウル市周辺の韓国鉄道公社(首都圏電鉄)果川線、盆唐線(25,000V 60Hz)がこれに該当する
- ^ 鉄粉は体内に取り込まれても問題は無く、吸収できない分は体外に排出されるが、合成ゴムの粉塵が及ぼす影響に関しては解明されていない所も多い。
- ^ 日本の「第三セクター」は国や地方公共団体と民間が合同で出資・経営する企業をさすが、英語のThird Sectorは民間による非営利団体・慈善団体を意味するのが一般的となっている。地下鉄の運営にあたっているのは日本語的意味合いの「第三セクター」である。
- ^ 三角州が土地の大部分を占める広島市で地下鉄が開通していないのはそのため(ただしアストラムラインは例外)。
- ^ カナダのカルガリー、エドモントン、アメリカのサンディエゴ等が該当し、フランクフルトと同型の車両を使用した。
- ^ 名古屋市・東京都・札幌市・横浜市・神戸市・京都市・仙台市など。他に政令指定都市では福岡市にも市内路面電車があったが公営ではなく、西鉄の福岡市内線であった。
- ^ 開業は1990年代以降。
出典
- ^ 大宮 高史 (2019年3月2日). “地下鉄の定義は「何となく」? 関西大「広島に地下鉄ない」出題ミス、真の問題点は”. Jタウンネット. 2021年10月30日閲覧。
- ^ “地下鉄”. 鉄道用語事典. 日本民営鉄道協会. 2021年10月30日閲覧。
- ^ “「頭の上にミサイル飛んでくるから」ウクライナ地下鉄で避難生活 親子の“受け入れ難い現実”(日テレNEWS)”. Yahoo!ニュース. 2022年12月19日閲覧。
- ^ “ロンドン地下鉄開業150年、蒸気機関車が復活”. AFPBB News (2013年1月14日). 2020年11月25日閲覧。
- ^ 石簾マサ (2017年7月22日). “札幌の地下鉄はなぜタイヤなの?どんなタイヤなの?疑問を徹底解明!”. 北海道ファンマガジン. 2019年6月10日閲覧。
- ^ 米ハリケーン死者33人 証取停止 NY、都市機能まひ Archived 2012年11月1日, at the Wayback Machine.東京新聞2012年10月31日朝刊
- ^ Helsinki Metro – Discover Helsinki(英語で)
- ^ Today in Transportation History – 1982: The Northernmost Public Transportation System(英語で)
- ^ “【20世紀のきょう】米ニューヨークで地下鉄開業(1904・10・27)”. MSN産経ニュース. (2007年10月27日). オリジナルの2007年11月9日時点におけるアーカイブ。 2022年8月22日閲覧。
- ^ “日本製車両がタイに到着、バンコク都市鉄道向け”. newsclip.be. (2015年9月22日) 2015年9月27日閲覧。
- ^ アルジェでアフリカ2番目の地下鉄が開通 (アルジェリア) - JETRO 通商弘報
- ^ [1][リンク切れ]
- ^ http://metro-novyafon.narod.ru/
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