タチジャコウソウ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/07 20:04 UTC 版)
栽培
日当たりと排水性、通気性の良い酸性ではない砂質の土壌を好む性質で、風通しが悪いと蒸れて枯れるときがある[12][18]。挿し木、株分け、種まきで増やすことができ、播種期は「春まき」と「秋まき」があり、挿し木と株分けは晩春から初夏と初秋が適する[12]。種子は床まきし、細かいため蒔いたあとの土は被せないで、上から手で抑えるようにする[12]。育苗ポットに種まきして苗を育ててもよい[19]。芽が出て草丈10センチメートル (cm) ぐらいに生長してきたら、育成した苗を数10 cmの間隔を空けて定植をする[20][19]。定植後は、春と秋に追肥を行う[19]。冬はそのまま冬越しさせる[19]。
株がしっかりしたら茎葉を常時収穫することができるが、越冬前は収穫が控えられる[12]。葉の収穫は、花が咲き始める頃が好適で、花をつけた上部10 cmほどを刈り取って、乾燥する場合は、日陰で乾燥させて退色を防止する[20]。木は年々木質化して、柔らかい緑の新芽の部分は減少してくることから、収穫目的の場合は株が3年目を迎えた頃に、新しい株へ切り替えたほうがよいといわれている[20]。
利用
開花期の5 - 6月ころに、花をつけたままの茎葉を刈り取って陰干ししたものをタイム、またはチムス草とよんでハーブとして茶、料理として食用するほか[3]、芳香料としてポプリにしたり、観賞用に用いる[7]。料理用には、茎葉を随時摘み取って生のままか、乾燥保存して利用する[21]。独特のすがすがしい芳香とほろ苦さがあり、ヨーロッパの料理にはハーブ・スパイスとして不可欠な存在となっている[13]。調理で加熱しても香りが飛びにくいので、肉や魚料理、煮込み料理のブーケガルニに使われている。茎葉に0.3 - 2.5%含まれているチモールなどの精油成分は[3]、香料や薬用とする[15]。タチジャコウソウは、数あるハーブの中でも最も抗菌力が強いと言われている[9]。
薬効
薬用部位は全草で、生薬名を麝香草(ジャコウソウ)、百里香(ヒャクリコウ)、またはタイム(Thyme)と称して、5 - 6月の開花期に採取して、水洗い後にそのまま使用するか、日干ししたものが使われる[11][6]。
利尿剤、鎮咳作用から喘息の発作の抑制、鎮痙作用、催淫作用、興奮剤、去痰作用があるといわれており、発汗作用や月経を促し、腹にたまったガスを取り去って腸をすっきりさせる駆風効果がある[16]。
含まれている精油成分として、チモール20 - 50%、カルバクロール、ピネン、リナロール、オレアノール酸、ウルソール酸などがあり[3]、栽培条件によってはチモール、カルバクロールの含有比率も大きく変わり、香りも違ってくる[13]。中でもチモールは、タイムから名付けられた有効成分で[17]、痰をきる去痰作用、せきを鎮める鎮咳作用、芳香性の健胃などの働きがあり、大腸菌、黄色ブドウ球菌に対し抑制作用があり、皮膚真菌に対しても抗真菌作用がある[11]。チモールやカルバクロールには、防腐や鈎虫(こうちゅう)、鞭虫などに対する駆虫効果がある[16][11]。往年では製薬原料とされていたが、近年は合成チモールに切り替えられている[3]。
薬用
世界保健機関 (WHO) では、消化不良などの胃腸障害、風邪や気管支炎、百日咳による咳に対する内服薬、咽頭炎と扁桃炎に対するうがい薬として、また口腔衛生での抗菌薬として局所的な使用を認めている[6]。薬草の使用量は1歳超から成人まで、乾燥または新鮮薬草を1日1 - 2グラムを数回に分けて服用するとし、妊娠中や授乳中の女性は使用禁忌、高血圧症の人には長期間の連続使用や多量摂取は避けるべきとしている[9][6]。精油には通経作用があるため、妊娠中の使用に注意を要するという説もある[6]。
民間療法ではハーブティーにして飲まれており、二日酔い解消、胃もたれ、食欲不振、また風邪の咳止めに、タイム5 - 10グラムほどをカップに入れて、紅茶を注いで3 - 5分程の間おいておき、タイムを取り除いたあとのタイムティーにして飲むとよいとされる[4][22]。発汗作用もあるので、風邪の時期には最適と評されている[22]。
肩こりや腰痛、筋肉痛、不眠症などには、タイム1握りほどを布袋に入れて浴湯料にして風呂に入れ、入浴するとよいとされる。タイムに含まれる精油を浴湯料として用いると、実際には感じない程度であるが肌を刺激し、血液循環を促進する作用がある[3]。ラベンダーやカモミールのハーブバスが快い眠りを誘うのに対し、タイムのハーブバスは、体を目覚めさせて1日の気力を生む朝にふさわしいといわれている[18]。陰干しした全草を水蒸気蒸留して得られるチアミン油は、皮膚刺激剤として用いられる[11]。
料理のハーブ
タイムはセージとならび、最もポピュラーな香辛野菜、香辛料として知られる[5]。料理に使う場合の主な旬は5 - 6月ごろで、葉が黒っぽくなくて全体的に鮮度を保っているものが良品といわれている[22]。ヨーロッパでは香味料としてソース、スープ、スープストック、肉料理、魚料理、卵料理、ジャガイモ料理に広く利用されている[8]。肉・魚・野菜など、どのような食材とも相性は良いが[9]、特に「魚のハーブ」と呼ばれるほど魚介料理との相性はよく、ムニエル、マリネ、クラムチャウダーの風味づけに、臭み消し以外の目的でもよく使われている[18][10]。またタイムには、肉類の脂肪分の消化を助けて、殺菌効果や防腐効果があるといわれている[22]。チモール、カルバクロール由来の抗菌・防腐作用から、ハム、ソーセージ、ピクルスなどの保存食にもよく利用され[9]、加工食品分野でも欠かせないスパイスとして、ウスターソース、トマトケチャップ、ドレッシングなどに用いられる[18]。
フレッシュタイムとよばれる生の新芽の部分は、快い苦味があり、西洋料理の風味づけに好適で、枝ごとまたは葉をちぎって使用され、ガーニッシュ(付け合わせ)としても用いられる[4][10]。乾燥品(ドライ)は清涼感のある甘い香りと、ほろ苦みがある[10]。フレッシュあるいは乾燥いずれの場合も、香りがとびにくく、加熱調理によく耐えることから、スープやシチュー、カスレ、トマトソース、スープストック、オーブン焼き料理、煮込み料理など、長時間火を通す料理によく使われる[16][22][10]。フランス料理など本格的な煮込み料理で用いるブーケガルニに欠かせない材料のひとつで、パセリやベイリーフ(ローレル)とともに束ねて使われている[16][22][8]。タイムと相性のよい他のハーブやスパイスに、ローズマリー、レモンバーム、オレガノ、レモンバーベナ、ディル、バジル、ガーリックなどが挙げられている[10]。
ヨーロッパの一般家庭での利用法としては、ほかにオリーブ油やビネガーに漬け込んで香りを移したり、挽肉を使った詰め物料理に使ったり、ハーブティーとして楽しむこともある[18]。酢に個性的な風味づけをすることに加え、防腐効果もあることから、デリカテッセン肉やマリネをつくる際に材料として使われる[16]。冬季に霜焼けて暗赤色になった葉は、食用油、ビネガー、バターなどの風味づけや着色料になる[14]。
栄養成分は、ビタミンCが豊富で、ビタミンAも多く、鉄、マンガン、銅、食物繊維も含む[17]。粉に挽いた乾燥葉は1グラムあたり、カルシウム26 mg、カリウム11 mg、ビタミンA 5 μgRE、マグネシウム3 mg、リン3 mg、鉄1.7 mgを含む[16]。また、数種のフラボノイドが含まれており、貴重な抗酸化食物としての評価もされている[17]。『フード・マイクロバイオロジー』に発表された研究論文では、下痢を引き起こす赤痢菌を付着したレタスにタイムの精油をつけると、ほぼ検出できない水準まで細菌を死滅させたという研究成果があり、細菌の増殖を抑制し、さらには細菌のついた食べ物を元の良い状態に戻す可能性が示唆された[17]。
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フレッシュのコモン・タイム
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乾燥品のタイム
香料
精油は香水や石鹸、バスタオル、歯磨き粉、その他の化粧品の香料に使われる[16][17]。ギリシアでは、神殿を香らせる燻香料として用いられている。これは、香りの高いところに邪気は起こらないという考えの基に行われるものである[3]。精油は温感作用をもたらすため、アロマテラピーでは筋肉の痙攣を抑え、スポーツによる怪我の症状緩和に用いられる[8]。
蜜源植物
ミツバチは、タチジャコウソウの香りを非常に好み、古代ギリシアの時代から現代に至るまで、花が蜂蜜の採取に利用されている[18]。
脚注
注釈
出典
- ^ a b 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Thymus vulgaris L.”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2023年5月17日閲覧。
- ^ Linnaeus, Carolus (1753) (ラテン語). Species Plantarum. Holmia[Stockholm]: Laurentius Salvius. p. 591
- ^ a b c d e f g h i j k l 田中孝治 1995, p. 93.
- ^ a b c d e f g 田中孝治 2002, p. 161.
- ^ a b c d e f 平総監修 芦澤・梶浦・竹内・中井監修 2006, p. 160.
- ^ a b c d e f g NTS薬用植物辞典編集委員会編 2016, pp. 205–206.
- ^ a b c d e f g h “タチジャコウソウ”. かぎけん花図鑑. 科学技術研究所. 2021年4月6日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m 日本メディカルハーブ協会監修 ハジェスキー 2016, p. 84.
- ^ a b c d e f 伊藤・野口監修 誠文堂新光社編 2013, p. 94.
- ^ a b c d e f g 学研パブリッシング編 2015, p. 100.
- ^ a b c d e f 岡田稔監修 2002, p. 463.
- ^ a b c d e f 主婦の友社編 1995, p. 72.
- ^ a b c d e f 武政三男 1997, p. 125.
- ^ a b c d e f g h i j 耕作舎 2009, p. 84.
- ^ a b c d e 邑田・米倉編 2013, p. 564.
- ^ a b c d e f g h i j k 杉田浩一・村山篤子監修 1999, p. 477.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 日本メディカルハーブ協会監修 ハジェスキー 2016, p. 85.
- ^ a b c d e f g h 武政三男 1997, p. 126.
- ^ a b c d 金子美登 2012, p. 157.
- ^ a b c 武政三男 1997, p. 127.
- ^ 耕作舎 2009, p. 85.
- ^ a b c d e f 主婦の友社編 2011, p. 266.
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