地対空ミサイル
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/23 22:52 UTC 版)
概要
地対空ミサイルは、その用途から、大きく3種類に分けられる。
HIMAD用の地対空ミサイルは、最も初期から運用されてきたものである。遠距離で敵機を探知・捕捉する必要があるので、かなり大規模な設備が必要となる。一方、VSHORAD用の地対空ミサイルは比較的最近登場したもので、短射程なので小型であり、なかには個人で携行・使用できる携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)もある。MANPADS以外のVSHORADミサイルや、HIMADとVSHORADの間を埋める短射程のSHORADミサイルの多くは車載化されており、迅速に移動・展開できるようになっている。
艦船発射型のものは艦対空ミサイルと呼ばれている。基本的な原理は同一であるが、動揺する艦上での運用や風浪への対策が必要であり、また、運用形態も異なることから特別な配慮が必要となるので、(ロシア製のいくつかのミサイル・システムのように)設計段階から考慮されていない限りは、別々に開発されることが多い。ただし、SHORADシステムは、過酷な野戦環境に対応するように開発されていることから、艦載対応も比較的容易であり、アメリカのチャパラルやフランスのクロタルのように転用された例もある。
大型地対空ミサイルは、地対地ミサイルとして転用されるケースもある(2022年ロシアのウクライナ侵攻におけるロシアのS-300、北朝鮮が2022年11月2日に日本海へ撃ち込んだSA-5[2])。
略史
1940年代 - 1950年代
地対空ミサイルは、他の多くのミサイルと同様、第二次世界大戦中のドイツで着想された。1943年頃より、ナチス・ドイツは、連合国によるドイツ本土爆撃の激化に対応して、彼らの有していた先進的なミサイル技術を防空に応用することを決定し、「Hs 117」や、V2ロケットの派生型である「ヴァッサーファル」(Wasserfall)などが開発された。しかし、ドイツの国力払底により、これらが大規模に実戦投入されることはなかった。
高度10,000mを飛行可能なアメリカの新型爆撃機B-29による日本本土空襲の脅威が逼っていた日本でも独自に、B-29を撃墜可能な地対空ミサイル「奮龍」や「秋水式火薬ロケット」を1944年初頭から開発していたが、終戦までに間に合わなかった。
その後、核戦略時代の到来とともに、自国上空に侵入してくる核搭載の爆撃機を、その核爆弾の影響が及ぶよりも遠距離から迎撃する必要が生じ、防空兵器としての地対空ミサイルが重視されるようになった。この時期には、これらの想定任務を反映して、HIMAD用途でのミサイル・システムの開発に重点がおかれていた。なお、この時期のHIMADシステムには核弾頭を搭載したものがあった。これは、1発のミサイルで1機の航空機や1発の弾道ミサイルを撃墜しようとするのではなく、大挙をなしてやってくる長距離爆撃機編隊や立て続けに降下してくる弾道ミサイルを1発で可能な限りまとめて撃墜しようとすることを意図した。しかし、地対空ミサイルである以上、自国または同盟国の領土の上空で核爆発を起こすことになるため、それによって発生する放射性降下物や強力な電磁パルス(EMP)による味方の被害も甚大になることが予想された。放射性降下物は人的、環境的被害を与え、電磁パルスは電力をはじめとする各種インフラに損害を与える。このため、核弾頭を搭載した地対空ミサイルは早々に姿を消している。
1960年代 - 1970年代
このようにして開発されたHIMADミサイル・システムが一躍有名になったのが、1960年5月1日のU-2撃墜事件である。これは、ソ連の第一世代HIMADミサイル・システムであったS-75(SA-2 ガイドライン)が、高高度の成層圏より偵察飛行を行なっていたU-2偵察機を撃破したもので、従来の迎撃戦闘機や高射砲では到達不可能な高度でも地対空ミサイルであれば攻撃可能であることが周知された。
ここで使用されたS-75をはじめとするソ連の地対空ミサイル・テクノロジーは、第二次印パ戦争で初実戦を経験したのち、ベトナム戦争と第四次中東戦争において大規模に実戦投入され、西側諸国に大きな衝撃を与えた。ベトナム戦争では、S-75に加えて、これよりやや短射程だがより敏捷なS-125(SA-3 ゴア)、そしてもっとも初期のMANPADSである9K32 ストレラ2(SA-7 グレイル)が投入されており、高高度ではS-75、中高度から低高度ではS-125、超低高度では9K32及び高射砲と、縦深的な火力発揮が可能となっていた。ベトナム戦争の期間中、北ベトナムは4,000発ものS-75を発射し、その稠密な防空網に直面したアメリカ軍は、ECMとワイルド・ウィーゼル機による敵防空網制圧で対抗した。このワイルド・ウィーゼル戦術は極めて大きな出血を伴うものであったが、これらの犠牲により、地対空ミサイルへの対抗策も確立されていった。
また、第四次中東戦争では、新型の2K12(SA-6 ゲインフル)が投入された。これは、S-75やS-125よりも最大射高は低いものの、敏捷で射撃可能範囲が広かった上に、イスラエル国防軍のECMが通用しなかったことから、この戦争から投入された新型の高射砲であるZSU-23-4とともに、イスラエル空軍は大きな犠牲を強いられた。イスラエルはただちにECM装置を改良したが、これに対してアラブ諸国軍もECCMの策を講じ、いたちごっこの様相を呈していた。
1980年代以降
1980年代、アフガニスタン紛争において、携帯式防空ミサイルシステム(MANPADS)が大規模に実戦投入された。これは、空中機動作戦を多用するソ連軍に対する航空戦力および防空火力をほぼ持たないムジャーヒディーンの対抗策であった。ムジャーヒディーンは紛争当初、鹵獲したソ連製の9K32 ストレラ2(SA-7 グレイル)によって対抗していたが、9K32は既に性能的に陳腐化していた上に、自国製兵器とあってソ連側が対抗策を熟知していたことから、ほとんど成果を上げることができなかった。
しかし、1980年代初頭より、アメリカ製の新しいFIM-92 スティンガーが秘密裏に供与されるようになると、状況は大きく変化し、ソ連のヘリコプターや輸送機の撃墜数が急増していった。ソ連軍は1989年にアフガニスタンより撤退するが、スティンガーによるヘリコプターの損失は、その大きな要因のひとつとなったといわれている。しかしその後、ソビエト連邦の崩壊や9K38のような安価で高性能なMANPADSの普及により、MANPADSがテロに利用される恐れが増大しており、警戒されている。
その一方で、アメリカ同時多発テロ事件に見られるような航空機を使った自爆テロを警戒して、重要施設などの近傍にSHORAD/VSHORADミサイル・システムを配備する動きも出ている。
一方、特に21世紀に入ってからは、第三世界に弾道ミサイル技術が拡散したことを受けて、HIMADミサイル・システムに弾道弾迎撃機能を付加する動きが広がっている。
2010年代以降
2010年代に飛躍的な進歩を遂げたドローンは、高価な地対空ミサイルシステムを無力化するゲームチェンジャー的役割を果たすようになった。
2019年、イエメン内戦に参加したサウジアラビアは巡航ミサイルの攻撃を受け、パトリオットミサイルで迎撃することに成功していたが、ドローンを併用する攻撃にはレーダー網は無力であり、幾度か自爆攻撃を許すこととなった。また仮に迎撃に成功したとしても、安価なドローンをけた違いに高価な地対空ミサイルで落とす費用対効果が著しく低くなる行為も問題視されるようになった[3]。似たようなケースは2020年ナゴルノ・カラバフ紛争でも発生。アゼルバイジャンは、アルメニアのS-300網を破壊するために旧式の複葉機を囮に使い、レーダー網をあぶりだした後に大型ドローン(ハーピー)で防空システム自体を攻撃するという、安価で人的損耗が生じない攻撃方法を用いた[4]。
高・中高度防空ミサイル
高・中高度防空(HIMAD:High-to-Medium-Altitude Air Defense)システムは、最大射高10,000m以上の防空システムである。射程にすると30キロメートル前後、ないしそれ以上である。野戦においては、軍団や方面隊直轄の防空火力として運用される。また、その長射程をいかして、要撃機を補完する国土防空手段としても用いられ、かつてのソ連防空軍が保有していたほか、西側諸国においては空軍に配備される例も多い。
HIMADシステムのうち、大規模なものは、ミサイル・サイトを構築して運用する必要があり、戦術機動はほとんど望めない。近年では、多くが可搬式となっており、短時間で発射装置や管制装置、レーダー装置などを車両に搭載して移動できるようになっている。ただしこの場合でも、複数のユニットを連接してシステムを構築する必要上、展開と撤収には時間がかかり、迅速な戦術機動はやはり困難である。これは、長射程であるHIMADシステムの任務上、頻繁な移動を考慮する必要がないことによるものである。
また、HIMADシステムには、対地ミサイルもしくは弾道ミサイルを迎撃する能力を持つものもある。さらに、初めから弾道弾の迎撃を主任務として開発されたものもあり、これは特に弾道弾迎撃ミサイル(ABM)と呼ばれる。ABMのなかには、大気圏内では使用できないものも多く(THAADミサイルなど)、これらは通常のHIMADミサイルとは異なり、航空機に対する攻撃に使用することはできない。
代表的な機種
- CIM-10 ボマーク
- LIM-49 スパルタン/ナイキ・ゼウス
- スプリント
- MIM-3 ナイキ・エイジャックス
- MIM-14 ナイキ・ハーキュリーズ
- MIM-23 ホーク
- MIM-104 パトリオット
- 中距離拡大防空システム(MEADS)
- 終末高高度防衛ミサイル(THAAD)
- サンダーバード
- ブラッドハウンド
- アカシュ(Akash)
- PAD、AAD
- S-25(SA-1 ギルド)
- S-75(SA-2 ガイドライン)
- S-125(SA-3 ゴア)
- 2K11(SA-4 ガネフ)
- S-200(SA-5 ガモン)
- 2K12(SA-6 ゲインフル)
- S-300 (SA-10 グランブル)
- 9K37(SA-11 ガドフライ)
- S-300V(SA-12A グラディエーター/SA-12B ジャイアント)
- 9K330 (SA-15 ガントレット)
- 9K37M1-2(SA-17 グリズリー)
- S-300PMU1(SA-20 ガーゴイル)
- S-400(SA-21 グラウラー)
注釈
- ^ 海戦分野においては、対水上火力を兼任させるた め、依然として大部分の戦闘艦に57-76mmの両用砲が搭載されている。
出典
- ^ 「地上攻撃適さない防空ミサイルで標的外れ市民被害か」NHK(2022年7月22日)2022年11月10日閲覧
- ^ 北ミサイル 地対空と判明「旧ソ連開発SA5」韓国が残骸分析『東京新聞』朝刊2022年11月10日(国際面)同日閲覧
- ^ “焦点:サウジ防空システムに欠陥、ドローン攻撃に無防備”. ロイター (2019年9月19日). 2021年10月20日閲覧。
- ^ “自治州巡る戦闘でドローン猛威、衝撃受けるロシア…「看板商品」防空ミサイル網が突破される”. 読売新聞 (2021年12月21日). 2021年10月20日閲覧。
- 1 地対空ミサイルとは
- 2 地対空ミサイルの概要
- 3 短距離防空ミサイル
- 4 参考文献
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