かみなり坊やピッカリ・ビー かみなり坊やピッカリ・ビーの概要

かみなり坊やピッカリ・ビー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/21 17:51 UTC 版)

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アニメ:かみなり坊やピッカリ・ビー
原作 ムロタニツネ象
脚本 くにとしろう吉田喜昭鈴木良武 ほか
音楽 萩原哲晶
アニメーション制作 放送動画制作チルドレンズ・コーナー
製作 毎日放送、放送動画制作、チルドレンズ・コーナー
放送局 NET系列
放送期間 1967年4月1日 - 1968年3月30日
話数 全53話
テンプレート - ノート
プロジェクト アニメ
ポータル アニメ

概要

ムロタニツネ象小学館の漫画雑誌『週刊少年サンデー』に連載していた『ビリビリ・ビート』をアニメ化した作品。不思議な力を持つ子供ピッカリビーが巻き起こす騒動を描く。

製作局の毎日放送では1967年4月1日から1968年3月30日まで、毎週土曜 19:30 - 20:00 (日本標準時)に放送。2部構成の番組で、10月14日放送分までは前半Aパートと後半Bパートとで別のエピソードを放送していた。10月21日からは、新作エピソードの放送は基本的にAパートのみで行い、Bパートには前期1 - 2クールで放送したエピソードを流すという手法を採っていたが[2]、Bパートも使って新作を放送する回もあった。本作の放送に合わせ、ムロタニ自身による漫画作品『ピッカリ・ビー』が講談社の漫画雑誌『ぼくら』に連載されていた。

前番組の『おそ松くん』(アニメ第1作)は子供たちに人気を博していたが、原作のストックが底を突いた上に視聴者の親からワースト番組のレッテルを貼られ、番組スポンサーにも抗議が来た。その事を危惧した毎日放送の会議で後番組は健全な路線で行くことになり、ムロタニの『ビリビリ・ビート』が題材に選ばれた[3]。結果的に本作はターゲットを小学校低学年までの層に絞った作品となり、次作の『ファイトだ!!ピュー太』は本作とは対照的な、世相・流行ネタをも取り入れたスラップスティックギャグアニメになった。ムロタニの弁によれば、『ファイトだ!!ピュー太』より本作の方が自分の作品に近いとのことであるが、主人公のビーをもう少し悪い子にすれば良かったとも述べている[4]

本作はモノクロ作品だった為か、それほど再放送されなかった上に全話分のフィルムが長らく行方不明になっていたが、1990年に『おそ松くん』や『ファイトだ!!ピュー太』とともに毎日放送千里丘放送センターのフィルム保管倉庫から発見された。それまで本作を収録したビデオソフトは無く、1989年にハミングバードから発売された『マニア愛蔵版 懐かし〜いTVアニメテーマコレクション』 (規格 - VHSレーザーディスク) にオープニング映像が収録されているのみであったが、フィルム発見を機に本作および『ファイトだ!!ピュー太』[5]を収録したVHSビデオソフトが、毎日放送開局40周年記念ソフトとして発売された。2005年6月29日には、コロムビアミュージックエンタテインメント(現・日本コロムビア)から全53話収録のDVD-BOXが発売された。

エンディングと次回予告の収録は現存している回のみであり、次回予告のナレーションは収録されていない。またフィルムの保存状態が余り良くなく、画面中にはゴミの映り込みが多い。

第1話のAパートに当たる「空からきたヘンなやつ」もフィルムの保存状態が悪く、画面中には常に太い縦線が映り込んでしまっており、音声も終始ノイズが出ている状態である。

あらすじ

好奇心から地上に降り、ポン太郎の家に住みついたカミナリの子供ピッカリ・ビー。近所の仲良しグループ「ワンパク6」(ワンパクシックス)とともに未知の世界を冒険したり、さまざまな珍事件を起こしたり、悪事を働く005ヱ門やガポネコを自身の超能力で懲らしめたりする。




  1. ^ 週刊少年マガジン』1967年22号、講談社、 97頁。週刊少年マガジン 1967/05/28 表示号数22”. 文化庁. 2017年11月17日閲覧。
  2. ^ 原口正宏 (2006年4月5日). “リスト制作委員会通信 第10回 2005年後半回想 その3”. WEBアニメスタイル. 2007年8月28日閲覧。
  3. ^ かみなり坊やピッカリ・ビーアニメデータ集 毎日放送・多仁治インタビュー
  4. ^ かみなり坊やピッカリ・ビーアニメデータ集 ムロタニ・ツネ象インタビュー
  5. ^ 本作は第22回Aパート「おばけ屋敷おもしろい」と第46回Aパート「五ェ門の観光ガイド」を収録。
  6. ^ スタッフの推薦でキャスティングされた本職の子役
  7. ^ 北海道新聞』(マイクロフィルム版) 1968年(昭和43年)3月 テレビ欄
  8. ^ 『河北新報』1967年9月1日 - 9月29日付朝刊、テレビ欄。


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