リヴィング・イン・ア・ボックス
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/05/13 14:42 UTC 版)
リヴィング・イン・ア・ボックス Living in a Box |
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基本情報 | |
出身地 | ![]() |
ジャンル | ブルー・アイド・ソウル ポップ・ロック シンセポップ ニュー・ウェイヴ ダンス・ポップ |
活動期間 | 1985年 - 1990年 |
レーベル | クリサリス・レコード |
公式サイト | Livinginaboxmusic.com |
メンバー | |
リチャード・ダービーシャイア マーカス・ヴェアー アンソニー・クリッチロウ |
リヴィング・イン・ア・ボックス(Living in a Box)はイギリスのシンセポップバンド。1985年結成。ブルー・アイド・ソウル系として、80年代後半から活動した。
目次
概略
1985年、イングランド・シェフィールドにて結成。メンバーは、マンチェスター出身のリチャード・ダービーシャイア(V,G)、サンフランシスコ出身のマーカス・ヴェアー(Syn)とアンソニー・クリッチロウ(D)の英米混合の三人構成。1987年のファーストシングル「リヴィング・イン・ア・ボックス」はイギリスやアメリカでトップ40入りし、バンドの最も成功したシングルとなった。活動期間は短く、2枚のアルバムを残し1990年に解散。
経歴
ボーカルのリチャードはもともと、 80年代初頭に活動した「ズーズー・シャークス」というバンドのフロントマンであった[1]。ズーズー・シャークスはレコード会社EMIと契約し、3つのシングルをリリースしたが、その後リチャードが脱退。ソロアーティストとして歌手のテッサ・ナイルズに曲を書くなどしていた[2] 。
1985年、その頃まだ駆け出しのバンドだったアンソニーとマーカスの二人は、クリサリス・レコードのスタジオでデモのレコーディング中、同じスタジオでリチャードが自身の歌を歌っているのを聴き、レーベルに、彼をバンドのボーカル・ギターにしてくれるよう依頼。リチャードはその頃ヴァージン・レコードからも契約の依頼を受けていたが、5年契約でバンドのメンバー入りを決める[3] 。また、その前からバンドが取り組んでいたトラック「リヴィング・イン・ア・ボックス」の名をとって、それをそのままバンド名とした[4] 。
1987年、バンド名を冠したデビューアルバム『Living in a Box』をクリサリス・レコードよりリリース。プロデューサーはスパンダー・バレエ、キム・ワイルドなど多くのアーティストをプロデュースしたリチャード・ジェームス・バージェス[注 1][6] 。他のブルー・アイド・ソウル系のアーティスト(カルチャー・クラブやスパンダー・バレエ)と比べて遅めのデビューではあったが、アルバムはその年の全英アルバムチャートで25位に達し、 全米では89位を記録。またアルバムからのセルフタイトルシングル「リヴィング・イン・ア・ボックス」は同年の全英シングルチャートで5位[7]、8月22日の ビルボードホット100では17位に達し[8] 、そのほかドイツ、スイス、スウェーデンでもトップ5を獲得[9] 。またアメリカの ソウル歌手ボビー・ウーマックによりカヴァーもされ[注釈 1][注 2]、初登場にして成功を収めていた。
2年後の1989年にセカンドアルバム『Gatecrashing』を発表。プロデューサーはメンバーと、アメリカの人気歌手ダン・ハートマン(1950年-1994年)などが担当。アルバムは前作の記録を上回り、 全英で21位をマーク[11]。1stほど注目はされなかったものの、アルバムには、 ロックバンド「クイーン」のギタリスト、ブライアン・メイがギターとして参加[12]した「ブロウ・ザ・ハウス・ダウン」(全英10位)や「リヴィング・イン・ア・ボックス」と並んで全英5位のバラード「ルーム・イン・ユア・ハーツ」を特色としていた。
日本でも少なからず人気もあり、「ベッド・オブ・ローゼズ」が日本でのみリリース[13]されている。また87年の8月26日には音楽番組「夜のヒットスタジオ」に出演。代表曲「リヴィング・イン・ア・ボックス」を披露した[14]。
アメリカでは、唯一の全米トップ40入りだった「リヴィング・イン・ア・ボックス」以降のヒットが無く[注釈 2]、人気も早くに終わってしまった[注 3]。
翌年の1990年、所属していたレーベルがEMIの傘下に入る。 バンドは続くサードアルバムの制作に取りかかるも、新しくなったレーベル人員からの「サウンド面」についての注文がバンドとの間に不和を生じさせ、うんざりしたリチャードはグループを脱退。サードアルバム完成前の1990年に解散した。
解散後
解散後、マーカスとアンソニーは音楽業界を引退。アンソニーは自身の設立した照明会社を運営している[16]。
リチャードはその後も音楽活動を継続。イギリスのシンガーソングライター、リサ・スタンスフィールドや Level 42などのアーティストに曲を書き、自身も2枚のソロアルバム「How Many Angels」(1994)や「Love will Provide」(1999)をリリースしている[17] 。 2004年の12月16日にはメンバーが再び集まり、ロンドンのウェンブリー・アリーナにてライブを行い、ヒット曲「リヴィング・イン・ア・ボックス」、「ブロウ・ザ・ハウス・ダウン」、「ルーム・イン・ユア・ハーツ」のコンサートをしている[18]。
メンバー
- リチャード・ダービーシャイア ( Richard Darbyshire 、1960年3月8日 - ):ボーカル、ギター。
- 80年代の初めに活動した「ズーズー・シャークス」の元 ボーカル。そのバンドのシングル「Love Tumbles Down」は、スペインで1位を獲った。また日本に住んでいた事もあり、そこの米軍基地でマーヴィン・ゲイ、アル・グリーン等のソウルミュージックを聴き、魅了される[19]。
- マーカス・ヴェアー (Marcus Charles Vere 、1962年1月29日 - ):シンセサイザー
- アンソニー・クリッチロウ (Anthony "Tich" Critchlow 、1958年3月1日 - ): ドラムス
ディスコグラフィー
アルバム
- Living in a Box (1987年)
- Gatecrashing (1989年)
コンピレーション・アルバム
- The Best of Living in a Box(1999年)
- The Very Best of Living in a Box(2003年)
シングル
- 1987年 - Living in a Box
- 1987年 - Scales of Justice
- 1987年 - So the Story Goes
- 1988年 - Love Is the Art
- 1989年 - Blow the House Down
- 1989年 - Gatecrashing
- 1989年 - Room in Your Heart
- 1989年 - Different Air
脚注
注釈
出典
- ^ — Zu Zu Sharks | Discogs、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Richard Darbyshire Biography | ARTISTdirect Music、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Richard Darbyshire (リチャード ダービーシャイア) | HMV ONLINE、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Living in a BoxbyLiving in a Box | Songfacts、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Adventures in synth — Music | theguardian.com、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Richard James Burgess — Credits | AllMusic、2014年4月27日閲覧。
- ^ — LIVING IN A BOX — Artist | Official Charts、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Living in a Box | Billboard、2014年4月27日閲覧。
- ^ — LIVING IN A BOX - LIVING IN A BOX (SONG) | swedishcharts.com、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Living In A Box – So The Story Goes |Discogs、2014年4月27日閲覧。
- ^ — David Roberts、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Brian + | QueenVault.com、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Living In A Box – Bed Of Roses/Love Is The Art | Discogs、2014年4月27日閲覧。
- ^ — 夜のヒットスタジオ出演歌手一覧/5.芳村真理・古舘伊知郎時代(1985,10 - 1988,2) | goo Wikipedia 、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Joel Whitburn、2014年4月27日閲覧。
- ^ — What Happened to 80s Band Living In A Box? | SimplyEighties.com、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Richard Darbyshire | @Artist direct、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Living in a Box | setlist.fm、2014年4月27日閲覧。
- ^ — Richard Darbyshire — Biography | AllMusic、2014年4月27日閲覧。
関連項目
- ブルー・アイド・ソウル
- ジョニー・ヘイツ・ジャズ - 同じくブルー・アイド・ソウルのグループ
- ボビー・ウーマック
- ボーダフォン - 2013年に、バンドの曲「リヴィング・イン・ア・ボックス」がCMに使われた。
外部リンク
- livinginaboxmusic.com - バンドの公式サイト。
- discogs.com - バンドのデータベース。
- allmusic.com
「Living in a Box」の例文・使い方・用例・文例
- 「アサガオ」に対する英語は「morning glory」です
- Holman Healthは栄養補助食品業界の巨大企業で、最高経営責任者であるBud Rollinsを交代させようとしているが、Bud Rollinsは機会があるたびに、彼と同社取締役会とがあらゆる点で合意できるようには思えないと公言していた。
- 私は6月後半に休暇を取るので、参加のご要望は必ずLyle GrodinをCCに入れてください。
- 工事が完了するまで、正面とVine通りの入口からしかセンターに入れない。
- 昨年までは、Train FirstとTop Shareと契約をしていました。
- 興味のある方は、12月5日までに、履歴書と少なくとも2通の職務に関する推薦状を添付したEメールを、Singh金融サービスのMisa Takahama、mtakahama@singhfs.comまで送ってください。
- 現在、香港のMing銀行で下級市場アナリストとして働いており、この職に就いて2 年半になります。
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- Bryce Rollinsの人生を説明すること。
- caffeinelessをcaffeinlessと間違ってつづった。
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