2004年-2007年:ザ・ブレイクスルー
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「メアリー・J. ブライジ」の記事における「2004年-2007年:ザ・ブレイクスルー」の解説
2004年には映画『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの12か月』のサウンドトラックで、エルトン・ジョンの1976年の楽曲「悲しみのバラード」(Sorry Seems to Be the Hardest Word) をカバーし、映画『シャーク・テイル』のサントラでは、客演ラッパーにウィル・スミスを据えて、シェリル・リンの1978年のディスコ曲「ガット・トゥ・ビー・リアル」(Got to Be Real) をカバーした。また数々のミュージシャンの作品への客演も続き、ノトーリアス・B.I.G.などの数々のラッパーとのコラボレーションが話題となった。 その中でも2005年には、キャシディ(英語版)の「アイム・ア・ハッスル」(I'm a Hustla (song))のメアリーのリミックス・バージョンが大好評となったり、人気ラッパーゲームの「ヘイト・イット・オア・ラヴ・イット」(Hate It or Love It)をカバーすると、それを聴いたゲーム本人がメアリーとコラボレートしたいと申し入れてくるなど、次作アルバムへの新たな展開があった。そしてクール&ドレーのプロデュースによりリメイクされてゲームと50セントとコラボした「ヘイト・イット・オア・ラヴ・イット」はメアリーの新曲「MVP」(MJB da MVP)として4月にリリースされた。「MVP」はアルバム収録時に改題されて「MJB・ダ・MVP」となるが、この楽曲は、これまでのメアリーのヒット曲群の印象的なフレーズの数々が次々と織り込まれているダンサブルなナンバーで、メアリーの次作アルバムへの大きな期待が高まっていた。 P・ディディ(ショーン・パフィ・コムズ)とは再び距離を置いたプロデュース陣で次作アルバムの制作が順調に行われていたが、その間、新しいスタジオ・アルバムより先に、一旦新曲を含めたベストアルバム『Reminisce』(仮題)をリリースするとアナウンスされて、ファンが戸惑う一幕もあったが、無事に2005年12月に『ザ・ブレイクスルー』(The Breakthrough)と題せられた7作目のスタジオ・アルバムをリリースした。「Breakthrough (現状突破)」というタイトルは、自分自身にとって一番大きな障壁は「自分自身」だと学び、様々な葛藤や自己分析を経て「自分自身に関して変えられない部分、変えられる部分」の両方含めて自身を愛し自信を持つことができたメアリーのその思いが込められたものとなった。そしてボイストレーニングもハードな練習を重ね、鳥が自由に羽根を羽ばたかせるように、気張らなくても声が伸び伸びと出るようになったとメアリーは語った。 9月にリリースされていた先行の2ndシングル「ビー・ウィザウト・ユー」(Be Without You)は切ないメロディーラインのラブソングで、全米シングルチャートで3位、R&Bチャートでは15週連続で1位を記録する大ヒットとなった。このR&Bチャートの記録は、ビルボード誌で一時期中断されていたR&Bチャートが1965年に再開されて以降の史上最高記録となった。 アルバム『ザ・ブレイクスルー』も2006年1月7日付の全米アルバムチャート初登場1位となり、発売1週間で驚異的な72万7,163枚の売上を記録した。これは2006年度の発売週最多売上であると同時に、女性R&Bソロ・アーティスとしては過去最高記録を樹立した。そのため、シングル「ビー・ウィザウト・ユー」、売上300万枚以上のアルバム『ザ・ブレイクスルー』と共に2006年度のビルボード誌年間R&B/ヒップホップチャートも1位を獲得した。 そして、2006年度ビルボード・ミュージック・アワード(2006 Billboard Music Awards)で最多9部門を受賞。BETアワード(BET Awards 2006)も最多2部門受賞者となった。その他、2006年アメリカン・ミュージック・アワード(American Music Awards of 2006)、第38回NAACPイメージ・アワード(38th NAACP Image Awards)などでもそれぞれ2部門受賞した。 さらには最も権威のある第49回グラミー賞(2007年開催)においては最多となる8部門にノミネートされ、その中の「最優秀R&Bアルバム賞」(Best R&B Album)、シングル「ビー・ウィザウト・ユー」に対し「最優秀R&B楽曲賞」(Best R&B Song)と「最優秀女性R&Bボーカル・パフォーマンス賞」(Best Female R&B Vocal Performance)の3部門を見事獲得した。 アルバムからの3rdシングルは、1991年のU2のロック・バラードの名曲「ワン」をカバーしボノと共にデュエットしたもので、この楽曲もヒットした。この共演の実現は、ボノが2003年にミュージケアーズ・パーソン・オブ・ザ・イヤー(第45回グラミー賞)に選ばれた際のチャリティー・ディナーでメアリーがこの曲を歌い、それを聴いたボノと意気投合したことがきっかけだった。他の収録曲もどれもシングルになるような出来栄えで、メアリーの力量が存分に発揮されたものとなった。 『ザ・ブレイクスルー』の成功後も、LL・クール・J、リュダクリス、P・ディディことパフィ(ショーン・コムズ)などの各アルバムに客演参加。2006年7月からは「ザ・ブレイクスルー・エクスペリエンス・ツアー」(The Breakthrough Experience Tour)を行ない全米やカナダを凱旋する活動をみせ、10月には、大手家電製品チェーンのサーキット・シティー・ストアーズ社と共同で、スティングなどとの客演曲を含んだCD2枚組のアルバム『メアリー・J. ブライジ&フレンズ』 (Mary J. Blige & Friends)をリリース。売上金を子供擁護団体に寄付したり、ABCテレビドラマ『ワン・ライフ・トゥ・リヴ』で自身の役でゲスト出演するなど多忙な日々を送った。 同年2006年12月には、ジョン・レジェンドとの幻のデュエット曲「キング&クイーン」(King & Queen)など、新曲4曲を含む初のグレイテスト・ヒッツ『リフレクションズ~ア・レトロスペクティブ』(Reflections (A Retrospective))を発売した。このベストアルバムの中での「マイ・ライフ」(My Life)はニュー・バージョンで、メソッド・マンと客演コラボした「アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー/ユーアー・オール・アイ・ニード・トゥ・ゲット・バイ 」(I'll Be There for You/You're All I Need to Get By)や、ワイクリフ・ジョンと客演した「911」(911)も収録された。
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