2000年の噴火とは? わかりやすく解説

2000年の噴火

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/26 14:40 UTC 版)

三宅島」の記事における「2000年の噴火」の解説

6月26日18:30過ぎから三宅島直下激し群発地震始まった地震の詳細は「伊豆諸島北部群発地震」を参照)。この活動1983年の噴火直前酷似しているとして、19:33気象庁噴火恐れが高いと判断し緊急火山情報」を出した。翌27日朝までに坪田三池阿古・伊ヶ谷地区の住民が島の北部避難したが、群発地震震源は島の北西海底移動6月27日9:00頃に島の阿古地区西方沖約1km海面変色海上保安庁により確認されるとどまった地震活動沈静化することなく三宅島西方海域から西北西移動し神津島近海達する。7月1日16:00過ぎ、一連の群発地震最大となるM6.5の地震神津島近海発生神津島では震度6弱記録し死者1人負傷者15人を出した噴火関心神津島近海海底に集まるが海底噴火沈静化し、一方で7月に入ると雄山火口直下地震7月4日から再び活発化した。7月8日18:41雄山小規模な水蒸気爆発発生灰色少量噴煙が島の東側流れ赤色火山灰降下した。この噴火雄山山頂陥没して直径800m巨大な陥没火口カルデラ)ができていることが翌7月9日になってから確認された。これは三宅島でおよそ2,500年前の八丁原カルデラ以来カルデラ形成となったその後陥没進みカルデラ直径1.6km、カルデラ縁からの深さ500mにも達した7月14日15日には再び水蒸気爆発起こり島内大量火山灰降下した8月10日の朝6:30頃、山頂陥没口からついにマグマ水蒸気爆発とみられる噴火発生黒色噴煙上空6,000m以上に達したその後爆発激しさ増してゆき、8月18日大規模噴火では噴石を伴う噴煙上空15,000mに達し小規模な火砕サージ水蒸気上空達したことによる局地的な驟雨発生し火山弾住宅地にも落下した8月29日早朝午前5:00過ぎの大規模噴火では低温火砕流発生して火口北北東にある神着地区、美茂井地区などを流下して海岸達した。この低温火砕流住民数名飲み込まれたが、低温のため死傷者は出なかった。この噴火では6:00過ぎに反対側の南西方向にある村営牧場にも火砕流到達し、更にによる泥流頻発した小規模な噴火その後断続的に発生するこの間噴出物総量は約1,100万m3と推定されており、御蔵島だけでなく100km以上離れている八丈島でも降灰確認されている。 火山の噴火活動18日のものをピーク収束していくが、カルデラ大きな火道開いたことにより今度大量火山ガスの放出という噴気活動始まった8月中旬から三宅島から離れた関東地方でも刺激臭がするという報告が入るようになるが、9月入ってからはさらに二酸化硫黄放出増加し東京都住民全島避難決定した後述)。火山ガスの放出は多い日で1日あたり5万トンにも達した。この火山ガスの放出量は世界で類を見ない火山ガスの放出2004年7月20日観測されたのを最後1日あたり1万トン下まわるようになり、翌年2月には全島避難解除された(後述)。しかしその後火山ガスの放出継続し2011年半ばになってほぼ1日あたり1000トン下回った2013年1月22日最後に噴火活動認められていないガス放出2016年夏以降1日あたり数十トン以下の状態が続いている。

※この「2000年の噴火」の解説は、「三宅島」の解説の一部です。
「2000年の噴火」を含む「三宅島」の記事については、「三宅島」の概要を参照ください。

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