解釈:風刺か追従か
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/20 01:07 UTC 版)
「カルロス4世の家族」の記事における「解釈:風刺か追従か」の解説
実際、彼の肖像画を同時代の他の画家たちの作品と比較すると、ゴヤが彼らを著しく好意的に描き、「主人に最善の奉仕をもって仕えていていた (servir a sus señores del mejor modo posible)」ことが分かる。それでも、過去には、この作品の中にゴヤの君主制の批判を見て、主人のブルジョア的側面を暗示し、カンバスに表現することをゴヤは躊躇しなかったとする論もあった。 ピエール=オーギュスト・ルノワールは、プラド美術館を訪れてこの絵を見たとき、「王はまるでバーテンダーで、王妃は女給のようだ! もっとひどいのは、何てダイヤモンドをゴヤは描いたんだ! (Le roi ressemble à un tavernier, et la reine ressemble à une ouvreuse… ou pire ! Mais quels diamants Goya a peints !)」と叫んだという。フランスの作家テオフィル・ゴーティエは、この絵を「富籤に当たったばかりの角のパン屋と彼の妻 (boulanger du coin à sa femme venant de gagner à la loterie)」と呼んだとされ、しばしばゴヤは、この作品に描いた主題に対して何らかの風刺の意図をもっていたと信じられている。 しかし、そのような考え方は、美術評論家のロバート・ヒューズ(英語版)によって次のように否定されている。「そうした考えはナンセンスである。描く相手を風刺などしていたら、公式の宮廷画家としての仕事は維持できない。これは、からかいではない。これが何かであるとすれば、それは追従の類である。例えば、左手に描かれた青い服装の人物は、スペインの政治史全体の中でも最も醜悪な忌々しい輩である後のフェルディナンド7世なのだが、ゴヤは実に立派な姿に描いている。」 ゴヤは物語の構造をこの作品から排除しており、この作品は単に絵画のためにポーズをとる人々を描いたものに過ぎない。 『ラス・メニーナス』と同じように、画家は裏側しか見えないカンバスに向かう姿で描かれているが、ベラスケスの作品に描かれた宮殿の内部の雰囲気のある暖かな構図は、ゴヤによって、ピエール・ガシア(フランス語版)の言葉で言えば「即座に窒息 (imminent suffocation)」しそうなものに置き換えられており、ゴヤによって描かれた王室の家族は、「公衆に向かった舞台上にいて、片隅の陰の中にいる画家は、物憂げな笑顔を見せながら、指を差し、<連中を見て、自分で判断しなさい!>と言っている」かのようである。 当時の困難な時代情勢も、ゴヤの制作の動機に関わっていた可能性があり、作品の完成はフランス革命の勃発から11年ほど後だったが、スペインはまだその影響や、革命後の展開への対処に追われており、挙句にはナポレオンによる侵入を許してしまい、いろいろ経緯を経て最終的に1808年にはナポレオンの弟ジョゼフ・ボナパルトがスペインの王位に就いた。こうしてカルロス4世の王室は崩壊し、さらに後には、作品制作の時点で皇太子であり、王位を回復したフェルナンド7世が「スペイン史上最悪の王」と呼ばれるようになったことを踏まえ、後年には「ゴヤは、一族の未来をも、この作品『カルロス4世の家族』に描いていた」といった見方もなされるようになった。
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