表音と表意・表語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 22:08 UTC 版)
伝統的によく用いられる文字体系の分類法に、「表音文字 と 表意文字」に大別するものがある。たとえば、フェルディナン・ド・ソシュールの『一般言語学講義』でも表音文字と表意文字に大別している。 表音文字(ひょうおんもじ、英: phonogram)は、意味を示さず、あくまで音(発音)を示している。原則的に、意味を示してはいない。ただし「表音文字は必ず発音をすべて表記しているか?」と問うと、そういうわけではない。また完全に正確に表記しているか?というと、必ずしもそうではない。形態素が連接する際の渡り音は表記に反映しないのが普通だし、音韻の交替を反映しないこともしばしばある。たとえば、現代朝鮮語の正書法ではハングルの表記で形態主義をとり、発音の上では子音の交替が起こっていても語幹の表記を変化させない。このことによって、文中の形態素を識別しやすくしている。それぞれの語の綴りも、発音を忠実に表しているとはかぎらない。現代英語の enough、night、thought の gh のように、異なる発音を表す(あるいは発音しない)場合がある。言語において、その発音は時代を経ると音韻変化によって変わっていくが、文字の表記は変化しにくいためである。タイ語のタンマサート ธรรมศาสตร์ はサンスクリット語のダルマシャーストラ dharmaśāstra に由来するが、原語の発音を綴りの中に保存している。日本語の現代仮名遣いで、助詞の は、へ、を のみにはかつての表記を残しているのも似た現象である。このように発音と一致しない綴りが保持されるのは、形態素同士が発音だけでは区別できなくなる不便を補うためだと考えられている。 表意文字(ひょういもじ、英: ideogram)は、意味(概念)を示している文字である。表意文字の代表例にシュメール文字がある。アラビア数字の1,2,3...なども「1」「2」「3」...という数概念を示しており、表意文字である。なお(各言語の中の)表意文字は、一般的に概念と同時に音(各言語ごと異なった音、ではあるが)も表していることが一般的である。ただし、具体的な言語の種類で対応する「音」が異なってしまっている。たとえば「1」は英語では「one ワン」だが、日本語では「いち」や「ひと」である。その意味で、やはり表意文字の、基本的で一番重要な機能は意味(概念)を示すことであり、その意味でやはり「表意文字」と呼ばれるのが適切だということになる(つまり表意文字は、あくまで意味を示すために使われており、特定の固定された音を示すための文字ではない。人は表意文字を見て「音」を思い出すとしても、実際には母語が異なれば想起する音は異なっているわけであり、各言語の話者が対応するその言語の語彙を想起しているわけである。なお、日本人は表意文字の例としてすぐに漢字を(本当は代表例ではないのに、あたかも代表例のように)挙げてしまうが、中国語の文章の表記に使われる漢字は語や形態素などにも対応しており、その結果ひとつひとつの形態素の発音をも表しているのだから、表意文字に分類するのは適切ではないと指摘されている。したがって近年では学術的には、中国語の文章の表記に使われている状態では「漢字は表語文字」と分類される。漢字はつきつめれば結局、個々の使用例ごとに、細かく分類せざるを得ない。また日本語の文章中の漢字は、また別の話となる。) 表語文字(ひょうごもじ、英: logogram)は、文章中の語や形態素を表すと同時にその発音も表す文字、という分類である。アンドレ・マルティネは、人間の言語が二重分節されている、と説明した。つまり、言語の文はまず一連の単位(形態素)に分節され(第1次分節)、次にそれぞれの単位が一連の音(音節や音素)に分節される(第2次分節)、と説明した。言語が持つこの性質によって、限られた数の音素や音節から無数の語をつくり出すことができ、それらを規則的に組み合わせて無数の事実を表現することが可能になる、と説明したのである。もしこの説明法を採用するなら、表語文字と表音文字は、それぞれ、第1次分節と第2次分節のレベルを文字として、言語を表記するものと言える。 なお「表音性」や「表語性」という性質は、程度の差はあるがどの文字体系にも備わっており、相対的な基準であると論ずる研究者もいる。 本項目では文字体系を、伝統的な分類法である「表音文字と表意文字」という分類法も尊重しつつ、現代の学術的な表語文字という分類法も説明してゆく。表音文字や表意文字については、それぞれのサブカテゴリ(細分化された分類)も紹介してゆく。
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