竹一船団とは?

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竹一船団

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/03/19 02:18 UTC 版)

竹一船団(たけいちせんだん)は[3]太平洋戦争中に存在した日本軍護送船団のひとつである。


  1. ^ 戦史叢書『大本営陸軍部〈8〉』では歩兵第210連隊2573名戦死〈聯隊長含め〉・751名救助[4]とする。
  2. ^ 戦史叢書『南西方面海軍作戦』では2,155名戦死・生存者751名[48]と記載する
  3. ^ a b アメリカ海軍公式年表(The Offiicial Chronology of the US Navy in World War II)では、“Wales-Maru”を損傷させたとある。駒宮真七郎によれば、4月29日高雄発マニラ行きのタマ17船団にうゑいるず丸が所属しているが、それ以前の行動は同書に記載がない[53]
  4. ^ a b c 戦史叢書『海上護衛戦』によれば、ほかに船名不明輸送船1隻がある。また、護衛艦艇は駆逐艦3隻と第38号駆潜艇のほか、急設網艦蒼鷹と第37号駆潜艇の計6隻だとする[33]
  1. ^ Parillo (1993), p. 140
  2. ^ a b c d e Blair (2001), p. 622
  3. ^ a b c d e f g h 戦史叢書75巻、422-423頁「竹一船団の遭難と西部ニューギニア防備対策」
  4. ^ a b c d e f g h 戦史叢書75巻、354-356頁「西部カロリン及び豪北方面陸軍兵力展開状況」
  5. ^ a b 戦史叢書102巻、403頁「竹輸送」
  6. ^ a b c d e f 戦史叢書54巻、401頁「六、竹船団の遭難」
  7. ^ a b 戦史叢書75巻、316-318頁「第三十二、第三十五師団等の輸送 ― 竹輸送」
  8. ^ a b c 戦史叢書75巻、348-350頁「西部ニューギニア方面防備兵力の再検討」
  9. ^ a b c d 戦史叢書102巻、227頁「昭和19年(1944年)4月21日」
  10. ^ a b c 戦史叢書75巻、423-429頁「西部ニューギニア確保要域再度の後退」
  11. ^ Willoughby (1966), p. 250
  12. ^ 戦史叢書75巻、203-205頁「第三十五師団の輸送と亀地区への派遣先変更」
  13. ^ a b 戦史叢書75巻、273-274頁「各方面の戦局」
  14. ^ a b 戦史叢書102巻、406頁「松輸送」
  15. ^ 戦史叢書『海上護衛戦』、357頁。
  16. ^ Willoughby (1966), pp. 251–252
  17. ^ 戦史叢書75巻、201-203頁「第十四師団派遣先のマリアナへの変更」
  18. ^ Willoughby (1966), pp. 257–258 and p. 272
  19. ^ 戦史叢書75巻、236-278頁「ホランジア空襲」
  20. ^ 戦史叢書102巻、223-224頁「昭和19年(1944年)3月30日」
  21. ^ 戦史叢書75巻、238-241頁「パラオ空襲」
  22. ^ 戦史叢書75巻242-245頁「ホランジア及びパラオ空襲の影響と古賀聯合艦隊司令長官の戦死」
  23. ^ 戦史叢書102巻、225頁「昭和19年(1944年)4月4日」
  24. ^ 戦史叢書75巻、312-316頁「三角地帯の戦備」
  25. ^ 戦史叢書75巻、303-304頁「飯村参謀総長着任ころまでの全般状況」
  26. ^ 戦史叢書『豪北方面陸軍作戦』、326頁、340頁。
  27. ^ 戦史叢書102巻、226頁「昭和19年(1944年)4月9日」
  28. ^ a b 戦史叢書『豪北方面陸軍作戦』、371頁。
  29. ^ Willoughby (1966), p. 272
  30. ^ Madej (1981), p. 60 and pp. 62–63
  31. ^ Smith (1953), p. 459
  32. ^ a b c d Willoughby (1966), p. 273
  33. ^ a b 戦史叢書『海上護衛戦』、373頁。
  34. ^ Parillo (1993), pp. 89–90
  35. ^ Parillo (1993), pp. 133–134
  36. ^ 大井(2001年)、184頁。
  37. ^ Parillo (1993), p. 137
  38. ^ Wise et al (2003), p. 46
  39. ^ Morison (2001), p. 20
  40. ^ a b 大井(2001年)、225頁。
  41. ^ Parillo (1993), pp. 137–139
  42. ^ 戦史叢書102巻、224頁「昭和19年(1944年)4月1日」
  43. ^ Parillo (1993), pp. 135–136
  44. ^ 大井(2001年)、233-234頁。
  45. ^ Willoughby (1966), pp. 272–273
  46. ^ a b 占守電探室 2012, p. 196.
  47. ^ a b c d 戦史叢書『海上護衛戦』、372-373頁。
  48. ^ a b c d e 戦史叢書54巻、401頁「第一吉田丸の喪失」
  49. ^ Parillo (1993), p. 139
  50. ^ a b Drea (1992), p. 129
  51. ^ 戦史叢書102巻、228頁「昭和19年(1944年)4月26日」
  52. ^ 占守電探室 2012, p. 197.
  53. ^ 駒宮(1987年)、168頁。
  54. ^ a b c d e f g 戦史叢書54巻、401-402頁「亞丁丸以下三隻を喪失」
  55. ^ a b 戦史叢書102巻、230頁「昭和19年(1944年)5月6日」「竹1船団(第32・第35師団輸送の9隻)、メナド北方140粁で敵潜水艦により3隻撃沈される」
  56. ^ a b 『第一〇四号哨戒艇戦闘詳報 自昭和十九年五月六日 至同五月七日』 アジア歴史資料センター(JACAR) Ref.C08030633200 (画像1-14)
  57. ^ 占守電探室 2012, p. 198.
  58. ^ Drea (1992), p. 130
  59. ^ a b 五月雨出撃す 2010, p. 273.
  60. ^ 占守電探室 2012, pp. 199-200.
  61. ^ a b c Blair (2001), p. 623
  62. ^ Parillo (1993), p. 141
  63. ^ 戦史叢書『西部ニューギニア方面陸軍航空作戦』、341頁。
  64. ^ 五月雨出撃す 2010, p. 274「五月六日(航海中)」
  65. ^ a b 駒宮(1987年)、164頁。
  66. ^ a b 五月雨出撃す 2010, p. 275.
  67. ^ a b 五月雨出撃す 2010, p. 276.
  68. ^ 戦史叢書102巻、231頁「昭和19年(1944年)5月9日」
  69. ^ a b c 戦史叢書54巻、402-403頁「被害の原因」
  70. ^ 戦史叢書102巻、233頁「昭和19年(1944年)5月21日」
  71. ^ 戦史叢書『海上護衛戦』、374頁。
  72. ^ Madej (1981), p. 60
  73. ^ 戦史叢書102巻、229頁「昭和19年(1944年)5月2日」
  74. ^ 戦史叢書『豪北方面陸軍作戦』、411頁。
  75. ^ 戦史叢書102巻、230-231頁「昭和19年(1944年)5月9日」
  76. ^ 戦史叢書『豪北方面陸軍作戦』、435頁。
  77. ^ Willoughby (1966), p. 274
  78. ^ a b c Smith (1953), p. 233
  79. ^ 戦史叢書102巻、231頁「昭和19年(1944年)5月12日」
  80. ^ 戦史叢書『豪北方面陸軍作戦』、442-443頁。
  81. ^ Drea (1992), pp. 130–131
  82. ^ 戦史叢書75巻、436-438頁「六 太平洋、豪北方面陸軍部隊展開促進」
  83. ^ 戦史叢書『西部ニューギニア方面陸軍航空作戦』、381頁、426頁、444頁。
  84. ^ 戦史叢書『西部ニューギニア方面陸軍航空作戦』、388-389頁。
  85. ^ Smith (1953), p. 460
  86. ^ Smith (1953), p. 263, pp. 443–444 and p. 449
  87. ^ Willoughby (1966), pp. 348–352


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