私立学校への差別
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明治18年(1883年)徴兵令改正は、官立と府県立学校の生徒と卒業生に兵役猶予や短期服役といった特典を与える一方で、私立学校には何ら特典を付与しないという、典型的な官尊民卑だった。慶應義塾大学の福澤諭吉は『時事新報』(1894年5月22日)に、次のような文章を残している。 又教育学問の事にしても、官の学校に養はれて卒業したるものは学士の称号を授けられて独り学者の名誉を専らにし、然らざるものは学術の実際如何に拘かかはらず社会に於ては殆んど顔色なからしめ、官立の学校には種々の特典を与へて其繁昌はんじょうを謀はかりながら、私立は之を擯斥ひんせきして恰あたかも其自滅を促し、又官立の教師は官吏同様に位階等を授けて其威光頗すこぶる高きに反し、私立の教師は恰も方外の徒ととして冷遇するが如き、凡そ此種の例を計ふるときは数限りもなきことにして、官尊民卑、専制時代の復色と見るの外ある可らず。 現代の日本では、学部学生の8割が私立大学で学んでいるにも関わらず、学生1人あたりの公的財政支出は国立大学が私立大学の13倍となっている。「国立大学生は54万円を納付して256万円(運営費交付金以外の公財政支出等も勘案した場合は323万円)相当の教育を受けているが、私立大学生の家庭は122万円の学納金に対して138万円(経常費補助金以外の公財政支出等を勘案した場合は152万円)相当の教育しか受けていない上に、国立大学生に対する公財政支出の一部を負担していることになる」とするデータもあり、納税者間に著しい不平等が生じている。この現状に対して、日本私立大学協会は「旧態依然とした「官尊民卑」の感覚」「そもそも官僚は大蔵省(財務省)も含めて、公的な財源は国の機関に集中投資し、私学にはお余り程度にとどめるという、徳川時代からの官尊民卑思想が残存しているのではないか」と批判している。 また、国立大学の文系組織見直しに際して、日本学術会議は文系軽視とする声明を発したが、鈴木寛は「私立大学が社会の動向、学生の志向を踏まえながら、大学の文系教育が担うべき分野や内容について不断の見直しを続けていることは事実です」「私立大学の文系教育研究において果たしてきた役割と実績について、学術会議声明は全く眼中にないかのごとく、国立大学における文系組織の積極的見直しをなぜ文系全体の軽視に直結させて論じてしまうのか、理解できません。官尊民卑的思考枠組みが学術界にあるのかと疑ってみたくもなります」と述べている。
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