福岡急行電車計画とは? わかりやすく解説

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福岡急行電車計画

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 13:55 UTC 版)

九州電気軌道」の記事における「福岡急行電車計画」の解説

九州電気軌道軌道線北九州地域内のみに留まったが、1930年代初頭まで福岡市への延伸目指し準備進めていた。これが「福岡急行電車」の計画である。 福岡急行電車計画の発端は、1914年までに計画していた軌道線大部分建設し終えた九州電気軌道が、福岡県内一円での事業拡大目指し軌道敷特許出願したことにある。出願区間は南は大牟田市までと広大で、すべて許可されたわけではなかったが、1918年大正7年)に出願した折尾から赤間福間経て福岡市へ至る延長線軌道敷設は翌1919年大正8年12月18日付で特許された。その経路既設線の終点折尾から鹿児島本線にほぼ並行して博多駅駅前広場脇にあたる福岡市辻堂町1922年駅前交差点面する馬場新町変更)へと至るというもので、全線複線新設軌道既設線と同じ600ボルト電化車両既設線と同型、という規格予定された。 1920年代に入ると、阪急神戸線や同じ福岡県九州鉄道といった高速都市電車出現触発され九州電気軌道福岡までの高速都市電車敷設志向するうになる。その第一歩として1924年大正13年6月に、既設線の輸送力逼迫門司福岡間の高速電車運転を理由門司市門司から遠賀郡黒崎町熊手までの別線通称山の手線」)の軌道敷特許取得した。この別線全長22.2キロメートルで、市街地避けて既設線の南側敷設全線複線新設軌道とし、既設線より高圧の1,500ボルト電化する規格線とされた。福岡までの延長線についても計画見直され1929年昭和4年)に起点を「山の手線」との接続都合の良い熊手黒崎駅前)へと変更の上経路鹿児島本線と同じ城山経由から勾配少な古門往還殿様道)経由改めた。こうして変更され福岡延長線計画は、八幡から福岡まで全長48.2キロメートル全線複線新設軌道を1,500ボルト電化し、大型車両高速運転するというものとなり、「福岡急行電車」と呼ばれた1931年昭和6年1月、「福岡急行電車」はついに着工され全線3分割したうち福間町から福岡市吉塚までの19.8キロメートルにて工事開始された。しかし同時期に発覚した正手事件により建設工事即時中断され事件関連して多額負債抱えた九州電気軌道には約2,000万円見積もられ福岡急行電車建設費調達不可となった1933年昭和8年)に至り鹿児島本線改良計画並行するバス事業発達という環境変化それ以前資金難であるという理由によって「福岡急行電車」は起業廃止、「山の手線」は特許失効となった。こうして門司から福岡までの高速都市電車敷設試み失敗終わった

※この「福岡急行電車計画」の解説は、「九州電気軌道」の解説の一部です。
「福岡急行電車計画」を含む「九州電気軌道」の記事については、「九州電気軌道」の概要を参照ください。

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