理論の必要と展開
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中間財を含む貿易理論を構築する必要は、1950年代末にすでにライオネル・マッケンジーが指摘している。マッケンジーは、「綿がもしイギリスで生育されなければならないとしたら、ランカシャーが綿布を生産することになることはありそうにもない」と注意している。教科書では、19世紀の貿易の多くは、最終財であり、リカードの理論も最終財を念頭においていたと説明される。しかし、イギリス産業革命の成否は、綿という中間財(綿は栽培され、摘果されなければならない)の輸入に依存していた。その意味では、19世紀初頭にも中間財貿易は、世界経済にとって必要不可欠のものであった。中間財貿易の理論が構成されなかったのは、経済の実態の反映ではなく、その理論のむずかしさにあった。 マッケンジーを継いでロナルド・ジョーンズも中間財貿易の重要性を指摘し、すべての国がおなじ財の投入係数をもつ場合の多数国・多数財貿易理論が労働のみが投入される場合の延長上に展開できることを示した。中間財貿易を含む多数国・多数財の一般理論は、塩沢由典の2007年の2論文により提起された。先行研究としては、池間誠(1973)、東田啓作(2005)などがある。 塩沢理論によれば、世界各国の生産技術の集合と正則な最終需要が与えられれば、世界各国の賃金率と財の価格の体系(これを塩沢は「国際価値」と呼んでいる)が一義的に定まり、生産の特化パタンも定まる。塩沢由典(2014)『リカード貿易問題の最終解決』は、2007年論文の成果の上に、新しい国際価値論の意義(第2章)、基礎的概念(第3章)、リカード以来の国際価値論に関する学説史(第4章)、国際価値論の厳密な数学的構成(第5章)、および塩沢国際価値論の基本概念というべき上乗せ率に関する補論とからなる大著であり、もちろん外国にも類をみない。この一般理論の系として、ある最終財への投入部品表が定まれば、どの部品のどの生産工程はどの国により生産するのがもっとも競争的かが(原理的には)決まる。したがって、中間財貿易の理論は、フラグメンテーションやグローバル・ヴァリュー・チェーン(国際価値連鎖)を説明する理論枠組みでもある。 中間財貿易については、一時期、イートン&コータム(2002)が注目された。彼等は地理的障壁の存在が観察される事実にいかなる影響を及ぼすかについて(各国の技術が異なる)リカード型のモデルを追究し、中間財貿易をも含む形で世界全体の貿易パタンを考察した。この論文は、リカード・モデルの展開として、Dornbusch, Fischer and Samuelson (1977)を超える新しい枠組みを与えるものとして注目を集めたが、イートンとコータムがこの論文で中間財貿易を真の意味で理論化できたかどうか疑わしい。イートンとコータムは、「中間財の貿易は、要素費用と地理的障壁に貿易が感応的である点について重要な含意をもつ。その上、中間財の存在故に、投入費用への効果を通して立地が重要な役割を演じ、特化を決定する。」(p.1742.)と述べ、中間財について並々ならぬ意欲を語っている。しかし、彼等の定式によっては、原材料の貿易を廃絶しても、GDPの縮小が最小の日本の場合0.2~0.3%(1/4%)、最大のベルギーの場合10.3%(p.1768および表IX)でしかないという結果に終わっている。石油の輸入を含む中間財(投入財)途絶の影響を正当に評価しているとは言えないであろう。 生産分担を中心とする国際間の中間財貿易が活発に研究されるようになったのをみて、ポール・サミュエルソンは、貿易の利益には、これまで分析されてこなかった種類のものがあると指摘した。サミュエルソンの提示したのは数値例に過ぎないが、最終財のみを貿易しているのでは得られない大きな利益が中間財貿易にあることを示した。サミュエルソンは、この利益を「商品による商品の生産」という主題を提起したピエロ・スラッファにちなんでスラッファ・ボーナスと名付けた。フラグメンテーションが、(その言葉からも分かるように)既存の生産工程を分割することを基本の発想としているのに対し、サミュエルソンは、投入すべき原材料の組み合わせを発見することから大きな利益が得られるとした。
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