沖縄戦後の心理作戦部隊
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「牧港補給地区補助施設」の記事における「沖縄戦後の心理作戦部隊」の解説
硫黄島の戦闘以降、米軍は心理戦の重要性を大きく認識し、沖縄戦で諜報やプロパガンダや宣撫戦略を専門とする心理戦部隊が活躍した。戦後もまた沖縄は米軍の心理作戦部隊の本拠地であり続けた。 第7心理戦部隊 (7th Psychological Operations Group) は、米国陸軍の心理作戦部隊 (psychological operations: PSYOP) として1965年8月19日に沖縄で組織され、10月20日に牧港補給地区 (キャンプ・キンザー) に司令部をおいて始動した。極東地域の米陸軍によるプロパガンダ・宣撫活動を担った。朝鮮半島やベトナムなどへのラジオ放送やビラの印刷と、沖縄の宣撫政策の一環として『守礼の光』や『今日の琉球』などの印刷・出版を担った。また、日本と沖縄とは異なる文化を持つことを強調しながら、いかにアメリカ軍が沖縄の福祉や教育などに貢献しているかをアピールするラジオ番組も放送した。 施設番号 名称 第7心理作戦群 FAC6056 牧港補給地区 司令部 FAC6057 牧港補給地区補助施設 第7心理作戦部隊倉庫 FAC6034 平良川通信所 ラジオ隊 「 ベトナム戦争を続けていく上で、物資の輸送兵士の訓練、嘉手納基地の自由使用、それに心理作戦や特殊部隊の活動など、沖縄は極めて重要な拠点でした。その為にアメリカは沖縄の基地を沖縄の人々の反対なく自由に使いたかったし、そればかりか労働としても必要だったのです 」 —元陸軍通信隊将校(Qリポート 米軍の宣撫工作より) 沖縄の牧港補給地区 (キャンプ・キンザー) に司令本部をおく第7心理戦部隊 (7th PSYOP) は、10 の部隊で構成され、沖縄だけでなく、日本本土や朝鮮半島、台湾、 タイ、ベトナム、つまり極東アジア地域に展開する心理戦部隊であった。VUNC (国連軍総司令部放送) の番組制作だけではなく、心理戦で使用される印刷物の作成と印刷も担った。米陸軍心理印刷中隊 (US Army Psychological Printing Company) では大量のプロパガンダ出版物が印刷された。在韓米軍の兵士向けの雑誌のほか、韓国軍や警察関係者に無料で配布される雑誌『自由の友』も50 万部発行していた。 沖縄の日本返還にともない、1973年10月11日に沖縄から撤退、ノースカロライナ州フォートブラッグに本部を移転したが、1974年6月30日にその地で解散した。その後、再び再結成され1975年10月30日にカリフォルニア州サンフランシスコのプレシディオに本部を移した。 第15心理戦分遣隊 (戦略任務隊) 琉球列島米国高等弁務官府による沖縄住民の向けの月刊誌『守礼の光』(97,000 部)の発行、韓国向けのVUNC放送、沖縄の民放放送の番組制作も手がけた。
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