気象観測事業の始まり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/04 20:52 UTC 版)
「大韓民国気象庁」の記事における「気象観測事業の始まり」の解説
1904年3月 - 日露戦争に際し、日本軍の要求によって、大日本帝国文部省が釜山、木浦、仁川広域市、龍岩浦、元山に臨時観測所を設置し、中央気象台に臨時観測所官制が施行された (明治三十七年三月勅令第第六〇号)。 1905年1月 - 文部省が城津に臨時観測所を設置。 1907年2月 - 大韓帝国政府が農商工部に観測所官制を施行し、京城、平壌、大邱の三個所に観測所を設置。事業の監督を統監府観測所に依託。 1907年3月 -臨時観測所官制が廃止され、統監府観測所官制が定まり、気象観測事業が統監府に移管された。仁川臨時観測所が観測所となり、残りの臨時観測所は観測支所となった。 1908年4月 - 統監府観測所官制が廃止され、農商工部が釜山、木浦、仁川、龍岩浦、元山、城津の六個所の統監府観測所を無償で借り受けることとなった。 1910年10月1日 - 日韓併合により、気象観測事業が朝鮮総督府通信局に移管された。 1911年10月 - 江陵に測候所が設置される。 1912年4月 - 気象観測事業が通信局から内務部の学務局に移管された。 1914年5月 - 雄基と中江鎮に測候所が設置される。 1916年前後 - 全鮮の気象観測網が完成。 1923年 - 各季節を代表する動植物を「季節観測生物」として指定。春の朝鮮半島の平均気温は1923年の10.8℃と記録。春について、燕の観測を朝鮮半島における春の到来とした。以降から独立後も朝鮮半島全土の気象観測所を通じて、該当の動植物が初めて発見される日時を記録、独立以前の記録を含めて、半島の気候変動研究資料として利用している。この記録を通じて、半島の春が毎年どれだけ早くなったり、春の期間が短くなったりしているかなどを大韓民国成立後も把握してきた。 1924年10月 - 観測所に無線受信装置を設置。日本内地の中央気象台および海洋気象台、沖縄、大連、樺太の大泊等からの気象通報を受信して、天気予報に活用しはじめた。 1931年1月 - 龍岩浦の測候所が新義州に移転される。 1933年8月 - 観測所に短波受信器を設置。中国、南洋諸島、シベリアの観測データを取得して、天気予報に活用しはじめた。 1945年9月 - 大日本帝国、敗戦により朝鮮の解放を要求され受諾。
※この「気象観測事業の始まり」の解説は、「大韓民国気象庁」の解説の一部です。
「気象観測事業の始まり」を含む「大韓民国気象庁」の記事については、「大韓民国気象庁」の概要を参照ください。
- 気象観測事業の始まりのページへのリンク