構成とモチーフ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/18 02:00 UTC 版)
『糸車の聖母』には、抱かれている聖母マリアの腕から身をよじって抜け出そうとしているような姿形の幼児キリストが描かれている。キリストの目は、将来に磔刑に処せられる聖十字架の象徴である、十字の形をしたかせとり棒に注がれている。マリアは息子を襲う未来の苦悶におびえながらも、その未来を受け入れることしかできない諦めの表情を浮かべている。空に掲げられた片手が生み出すマリアの不安定にも見える姿形は、祭壇画『岩窟の聖母』でも描かれている。キリスト磔刑の受難の象徴で遊ぶ幼児キリストは、『ブノアの聖母』や『聖アンナと聖母子』といった、レオナルドが描いた他の作品にもみられるモチーフとなっている。レオナルドのキャリア後期の作品と同様に、『糸車の聖母』でも人けのない広大な風景を背にした人物像が描かれている。「バクルーの聖母」の画面右前面に描かれている露出した岩肌層は、地層学的に正確な描写で表現されている。 「バクルーの聖母」と「ランズダウンの聖母」との主な相違点は背景に描かれた風景である。「バクルーの聖母」の背景は淡々と描かれた広い水面で、「ランズダウンの聖母」の背景はレオナルドの他の作品にもよく見られる起伏のある山岳になっている。この山岳風景は、レオナルドになじみが深かった地方であるレッコからヴァプリオにかけて流れる、アッダ川流域の渓谷がモデルになっている可能性がある。淡々と描かれている「バクルーの聖母」の背景は、レオナルドの未完作品に弟子が加筆したのではないかともいわれている。美術史家マーティン・ケンプは、レオナルドの後期作品と同様の背景を持つ「ランズダウンの聖母」はレオナルドが最後まで自身で完成させようとした二番目の作品であり、「バクルーの聖母」が1507年にロベルタへと送られた作品ではないかと推測している。 「バクルーの聖母」と「ランズダウンの聖母」の下絵には、どちらも現在の完成品とは異なる構成のものがみられるが、現存する模写の中には完成品ではなく下絵の構成のままに描かれている作品が存在している。これは、その模写が最初のバージョンの制作過程初期の段階で描かれたためではないかとされている。たとえばどちらの下絵にも、マリアの背後遠景に聖ヨセフと思しき男性たちが幼児キリストのためにベビーウォーカーを製作している様子が描かれているが、これは完成品には見られず、スコットランド国立美術館やプライベートコレクションが所蔵する模写などに描かれている。他にも赤子をとりあげる産婆のような女性も描かれている。遠景に描かれている幼児と女性はキリストとマリアではなく、幼い洗礼者ヨハネとその母である聖エリザベトだといわれている。これは、レオナルドが一つの作品に聖母子を二組描くことはありえないと考えられているためである。また、レオナルドは馬、ロバ、牡牛といった駄獣も描き入れようとしており、二点の下絵ではそれぞれ異なる場所に配されている。さらにアーチ状のエントランスをした建築物も下絵には描かれている。制作過程後半の「バクルーの聖母」には「ランズダウンの聖母」の背景に描かれているような橋があったと思われるが、現在の「バクルーの聖母」では上描きされて残っていない。
※この「構成とモチーフ」の解説は、「糸車の聖母」の解説の一部です。
「構成とモチーフ」を含む「糸車の聖母」の記事については、「糸車の聖母」の概要を参照ください。
- 構成とモチーフのページへのリンク