桜
『泰山府君』(能) 桜町中納言は、桜がわずか7日間で散ってしまうことを惜しみ、花の命が延びるように祈って、泰山府君(=生類の命を司る神)を祀る。夜、天女が降下し、桜の美しさをめでて1枝を折り取る。泰山府君が現れ、天女を叱って枝をもとの木に返し、「桜の花の寿命を、7日の3倍の21日に延ばそう」と、桜町中納言に約束する。
『十六ざくら』(小泉八雲『怪談』) 伊予国の老侍が、先祖代々愛した庭桜が枯れたのを悲しむ。老侍は「お前の身代わりに死ぬから、もう1度花を咲かせておくれ」と桜に話しかけ、木の下で切腹する。老侍の魂は桜に乗り移り、たちまち花が咲く。以来、毎年、老侍が切腹した旧暦1月16日に桜は花を咲かせる。
『乳母ざくら』(小泉八雲『怪談』) 伊予国温泉郡朝美村の村長の娘お露が、15の年に重病になり、死に瀕する。乳母が「お露様の身代わりに死なせて下さい」と西芳寺の不動尊に祈願し、21日目の満願の日、お露は全快する。まもなく乳母は病を得て死に、その遺志で寺に桜の木が植えられて、「乳母ざくら」と呼ばれた。
★3.お姫様が首をつった桜。
お姫サクラの伝説 昔、名家の姫が桜の木で首をつって死んだ。その木を「お姫サクラ」と言う。東西に枝を広げているが、東方の枝に花が咲かない時は、東の部落に凶事があり、西方の枝に花が咲かない時は、西方の部落に凶事がある。枝を折ると、切り口から血が出るともいわれる(愛媛県西条市大保木)。
『桜の樹の下には』(梶井基次郎) 桜の花があんなにも見事に咲くことが信じられず、「俺」はこの2~3日不安だった。しかし今、やっとわかった。爛漫と咲き乱れる桜の樹の下には、1つ1つ、馬や犬猫や人間の屍体が埋まっているのだ。腐乱した屍体からは、水晶のような液が垂れ、桜の根がその液体を吸っている。どこから浮かんで来た空想か見当のつかぬ屍体が、今は桜の樹と1つになり、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない。
★5.桜は人の心を狂わせる。
『桜の森の満開の下』(坂口安吾) 鈴鹿峠の桜の森を通る人は、花の下で気が変になる。山賊が、都の女をさらって女房にした。山賊は女を背負い、満開の桜の下を通る。にわかに不安になり、山賊は、背中の女が鬼であることに気づく。全身紫色で緑髪の鬼婆が、両手を山賊の喉にくいこませる。山賊は鬼を地に振り落として組みつき、首をしめて殺した。山賊が霞む目で見ると、それは女の屍体だった。
*背負った女が鬼に変ずる→〔鬼〕5の『太平記』巻23「大森彦七が事」。
★6.桜の化身。
三貫桜の伝説 山伏姿の源義経一行が山道を行く時、美しい桜の一枝を弁慶が手折る。老翁が現れ、「私が朝夕見る桜を折った」と恨んで泣く。弁慶が償いに銀1貫を与えると、老翁は「けちな花盗人たちよ」と、あざ笑う。2貫与えても承知せず、銀3貫で、ようやく老翁は「許してやろう」と言い、山蔭へ姿を消す。老翁の後を追うと、桜の古木があり、銀3貫がかかっていた(秋田県平鹿郡増田町)。
*墨染桜の精→〔切れぬ木〕1の『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』。
★7.花見。
『かのように』(森鴎外) 洋行から帰った五条秀麿が、お母様の問いに答えて、ドイツの桜のことを説明する。「あっちの人は、桜は桜ん坊の成る木だ、とばかり思っていますから、花見はいたしません。ベルリンから半道ほどの村の川岸に、桜のたくさん植えてある所があります。そこへ、日本人の学生が揃って花見に行ったことがありましたよ。土地の女工なんぞが通りかかって、『あの人たちは木の下で何をしているのだろう』と、驚いて見ていました」。
*日本人の月見→〔八月十五夜〕10の『お月見』(小林秀雄)。
*雲見というものもある→〔雲〕10の『蛙のゴム靴』(宮沢賢治)。
*桜の散るのを見て発心する→〔発心〕2の『かるかや』(説経)。
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