明皇室
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「大明皇妃 -Empress of the Ming-」の記事における「明皇室」の解説
役名 演 紹介 備考 声 朱棣 王学圻 燕王→明三代・永楽帝瞻基の祖父。洪武帝の四男で建文帝の叔父。若微と善祥にとっては両親の仇。皇帝という身分と扱いの難しい性格から、身内や側近にとっては常に緊張を強いられる存在。若微や于謙など、興味を持った他人には鷹揚に接する一面もある。簒奪皇帝であることを気に病んでいるような描写が見られる。三人の息子と孫の瞻基に、身内同士で争わないという誓いを立てさせた。 王学圻 朱高熾 梁冠華(中国語版) 燕王世子→永楽帝の皇太子→明四代・洪熙帝永楽帝の長男。高煦、高燧の同母兄。瞻基の父。靖難の変では、幼い善祥を助けた。父帝が草原への遠征を繰り返すため財政管理に頭を悩ませ、高煦から吝嗇家だと嘲笑されている。のらりくらりとしているように見え、息子の瞻基にさえ意気地が無いと言われたこともあるが、実は難しい一族の中でうまく立ち回っており、後に瞻基を恥じ入らせた。父帝からは期待されている。肥満体で病弱。 梁冠華 張妍 呉越(中国語版) 燕王世子妃→皇太子妃→洪熙帝の皇后→宣徳帝の皇太后→英宗の太皇太后→景泰帝の太皇太后→誠孝昭皇后(追諡)高熾の正室。瞻基の母。時に愚痴をこぼしながらも、ことあるごとに夫を叱咤激励し、義妹たちとも巧みに付き合う。永楽帝の皇后没後は皇太子妃として後宮の最高位にあり、女官をとりまとめる立場の胡氏や、その養女の善祥と面識がある。息子の没後は、騒動を起こし彼の寿命を縮めたとして善祥を嫌悪し、ある事件をきっかけに若微とも距離が生じた。 呉越 朱高煦 兪灝明(中国語版) 漢王永楽帝の次男。高熾の同母弟、高燧の同母兄。瞻基の二叔父。瞻基の最大の敵。 韋氏 隆妮 漢王妃高煦の正室。夫のため、翁氏と共に太子府を訪れては、張妍からそれとなく太子府の情報を聞き出そうとする。夫婦仲はそれなりに良好であるらしい。 朱高燧 欒元暉 趙王永楽帝の三男。高熾、高煦の同母弟。瞻基の三叔父。 翁氏 呉楠 趙王妃高燧の正室。 趙欣 朱允炆 譚学亮 明二代・建文帝永楽帝の甥。叔父が起こした靖難の変で皇帝の座を追われ、その後出家する。永楽帝への恨みも忘れ悟りを開く。 朱文圭 建庶人建文帝の次男。 朱元璋 許翔 明初代・洪武帝 甕妃(中国語版) 洪武帝の妃 朱祁鎮 張藝興(EXO:レイ) 宣徳帝の皇太子→明六代・正統帝→太上皇→明八代・天順帝若微と瞻基の息子。 実母が孫氏か別人か、史書によって記述に違いがある。 文森 朱祁鈺 李昕亮幼年:趙俊程 郕王→明七代・景泰帝→郕王→戾王(諡号)善祥と瞻基の息子。祁鎮の異母弟。 史実では、生母は呉氏。 汪氏 胡齢萌 郕王妃→景泰帝の皇后祁鈺の正室。 朱見深 祁鎮とチムグの息子。後の明九代・成化帝。 史実では、生母は周氏。 朱見済(中国語版) 林靖哲 懐献太子祁鈺と汪氏の息子。 史実では、生母は杭氏。 安氏 趙櫻子(中国語版) 永楽帝の貴妃朝鮮の太宗の娘、朴氏の姉。 史実では、太宗の娘で明へ嫁いだ者はいない。 朴氏 孫驍驍(中国語版) 永楽帝の貴妃朝鮮の太宗の娘、安氏の妹。
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