日本の黎明期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/16 15:58 UTC 版)
日本列島における人類の歴史は、人が住み始めた約10万年前以前ないし約3.5万年前に始まったとされる。当時の日本列島は、アジア大陸と陸続きで、西方の華北や北方のシベリアとの文化交流も見られた。約3万年前には朝鮮半島と海峡で隔たり、約1万2千年前の前後に最終氷期が終わると6千年前頃まで100m以上の海進が進んだ(縄文海進)。この時期の住民が縄文人である。この後も列島と大陸との間に小規模ながらも広範囲に通交・交流が行われ、巨視的には、日本列島も中国を中心とする東アジア文化圏の影響下にあった。だが、東アジアの最東方に所在する大きな島国、という地理的条件により、黄河・長江流域の文明を中心に早期から発展していた中国と比べると、文明の発達度という意味では後進地域となっていた。 紀元前8世紀頃以降、中国南部から稲作を中心とする文化様式を持つ弥生人が流入すると、各地に「クニ」と呼ばれる地域的政治集団が徐々に形成される。これらの地域的政治集団により、朝鮮半島南部から南西諸島までの範囲で海上交易で結びついた緩やかな倭人の文化圏が構成されていった。こうした文化圏の中で、勾玉などが紀元前6世紀以降日本から朝鮮半島へ伝搬したほか、紀元前2世紀頃に青銅器および鉄器の製造法が日本へ伝わった。1世紀・2世紀前後に倭の代表の座を巡って各クニが抗争を繰り返し、各地に地域的連合国家を形成した。中でも北九州から本州にかけて存在していた国家群から、最も有力であったヤマトを盟主として統一王権(ヤマト王権)が形成され、これが王朝に発展したとする説が有力である。王権の首長(王)はのちに大王(おおきみ)と呼ばれ、豪族(地方首長)を従えて統一国家建設を進めた。
※この「日本の黎明期」の解説は、「日本」の解説の一部です。
「日本の黎明期」を含む「日本」の記事については、「日本」の概要を参照ください。
日本の黎明期
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/26 03:01 UTC 版)
チューブ入りの万能接着剤等と称する商品は日本でも戦前から各種販売されていた。ただしほとんどの製品は成分の記載がなく、液状膠並みの性能があったかどうかは不明。 初期のものとしては1921年に英美堂のSTRONG MENDER GLUE(ストロングメンダー)(資料1921年)があるが、これは舶来品か国産品か不明である。
※この「日本の黎明期」の解説は、「万能接着剤」の解説の一部です。
「日本の黎明期」を含む「万能接着剤」の記事については、「万能接着剤」の概要を参照ください。
- 日本の黎明期のページへのリンク