情報提供者となった英国砲兵隊准尉
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/01 02:45 UTC 版)
「篠崎スパイ事件」の記事における「情報提供者となった英国砲兵隊准尉」の解説
1つ目の容疑に関して、検察側は、1939年12月から1940年8月にかけて、篠崎は英国陸軍の武器・装備やシンガポールの防衛に関する様々な情報を英国砲兵隊のガードナー准尉から得ていた、という証拠があり、また篠崎がガードナーに情報料を渡していた証拠があると主張した。 1939年12月16日にガードナーは初めて篠崎と出会った。ガードナーがたまたまアデルフィ・ホテルの前を通りかかったとき、自動車で乗り付けた篠崎と日本人女性2人が「同ホテルで開かれるダンスパーティに参加しないか」と声をかけ、ガードナーは誘いを受けてパーティに出席した。ダンスパーティはY.W.C.A.のスポーツクラブが主催した、会員とその友人のための年中行事だった。パーティから帰る際にガードナーは篠崎から名刺と5ドル紙幣を渡され、時間のあるときにウィルキー路の「サクラホテル」に篠崎を訪ねるよう言われた。 数日後、サクラホテルを訪れたガードナーが篠崎を呼び出すと、篠崎は書類カバンを持って現われ、ホテルの食堂でガードナーにシンガポールの英軍の兵員数や装備などに関する質問をし、回答をメモした。ガードナーはタバコやビールなどの飲み物をおごってもらい、質問に答えた後で、数ドルの報酬を受け取った。 1940年1月にガードナーは一時入院し、退院後の同年5月に再び篠崎を訪問、「大変良いもてなし」を受け、入院中に面識を得た英海軍軍人から入手した軍艦の写真などを提供した。その後、ガードナーは篠崎と何度もホテルで面談し、特定の口径の大砲の配置数、大砲の製造にかかる人員配置の状況など、「他所では知り得ない」軍事情報について篠崎の質問に答えて情報を提供し、報酬を受け取っていた。篠崎はガードナーに渡すお金をサクラホテルの支配人・「中村ひいづ」から借りており、ガードナーは中村やその友人の魚住とも面識があった。中村は法廷で、篠崎がガードナーのほかにも1939年末にホテルで英国海軍の軍人と会っていたと証言し、また篠崎に毎回10-50ドルを貸していて、一部は返済を受けたが、裁判当時も159.75ドルの貸しがあると証言した。 面会が4、5回に及んだ後、サクラホテルの支配人・中村はガードナーに篠崎とホテルではなく日本総領事館の建物で会うよう促した。サクラホテルの従業員「杉坂たくぞう」は、自身がガードナーに日本領事館への近道を教えたことを証言した。以後、ガードナーはサクラホテルを訪れて篠崎に電話で連絡してもらい、日本総領事館の建物内にある篠崎の事務室で篠崎と会うようになった。ここでも篠崎はガードナーにタバコやビールを奢っていた。杉坂は、「篠崎はガードナーが度々訪ねてくるのを嫌っていた」と証言した。 篠崎は、1940年7月頃には「英軍が蘭印に進駐するという噂は本当か」、同年8月頃には「英軍が仏領インドシナに進駐するという噂は本当か」等、時事的な問題についてガードナーに質問し、ガードナーは噂に基づいた回答しかできなかった。篠崎から「進駐した英軍兵士からの手紙を入手できたら多額の金銭を報酬として支払う」と持ちかけられ、ガードナーは知人から手紙を入手しようと試みた。 またガードナーは、1940年7月に篠崎からの依頼を受けてシンガポール港湾局の埠頭へ怪しまれないように持込んだ小包を手ぶらで埠頭に入った篠崎に渡す、ユニオン・ビルにあった空軍司令部へ行って特定の英空軍軍人が荷物を持って出てくるかを偵察する、イーストコースト路にある日本のマッサージ・ホールへ篠崎宛の郵便物が届いていないか確認しに行くなど、篠崎の使い走りをして報酬を受け取っていた。 ガードナーは篠崎から受け取った金で、部隊に戻ってから酒保でその場にいる仲間全員に飲み物を奢るなどしていた。砲兵隊の同僚たちは、ガードナーが手ぶらでシンガポール市街へ出て行き、街から戻ると羽振りがよくなるため、どこで金銭を得ているのかと不審がっていたが、ガードナーは「シンガポールの友人からもらっている」と答えていた。 前述のとおり、ガードナーは1940年8月25日に日本総領事館近くで特別警察により逮捕された。ガードナー逮捕後、特別警察はガードナーに篠崎に宛てて「面会予定は急な用事ができてキャンセルした。仲間からお金を借りて返さなくてはならないのでお金を送ってほしい。」という内容の手紙を書かせ、遠隔地にいると思わせるためペナンから投函した。篠崎逮捕後の9月21日に行われた日本総領事館の篠崎の事務室の捜索の際に、篠崎と同室の永山がこの手紙の写しを焼いた上でトイレに流そうとしたが、うまく流れなかった焼け残りの紙片が便器の中から回収され内容が同定された。またこの捜索の際に押収された篠崎の机の上のカレンダーにはガードナーの名前が書き込んであった。
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