廃車・リース
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/03 09:10 UTC 版)
「京成3050形電車 (初代)」の記事における「廃車・リース」の解説
1991年3月、3075・3076が冷房搭載工事の対象から外れ、非冷房車のまま廃車になった(前述)。 1993年3月には3400形の登場にともない、3051 - 3054・3063 - 3066が京成の通勤冷房車として初めて廃車された。 1994年1月には3071 - 3074が千葉急行電鉄にリースされ、車体塗装はブルーベースにホワイトの太帯に変更された。これは1992年4月の開業以来リースされていた京急1000形初期車1032 - 1029を返却するためで、塗装もこの1000形と同一であった。京成独自の車両を他社にリースすること、新性能車の他社への移籍も初めての事例であった。 1993年9月には3055 - 3058が検査期限が近いことから予備車扱いとなり、1994年2月を最後に運用を離脱した。その後しばらくは車庫に留置されていたが、1994年9月末に廃車になり解体された。この編成は、冷房搭載前の1982年(昭和57年)5月と1984年4月に、3600形新造車の宗吾車庫への搬入にも使用された実績があった。 1995年2月には前述した旧塗装編成の3059 - 3062が廃車になり、その後解体された。同編成は定期検査期限延長のため、1994年4 - 9月の土・日曜日・祝日は運用に出さず、京成津田沼留置所で休車扱いとなり、走行キロ数を抑えた。 1995年3月末には、3067 - 3070が前述した3071 - 3074と同様に塗装変更の上、大森台 - ちはら台間の延伸用として千葉急行へリースされた。これにともない当形式は千葉急行へのリース車として2本が残るのみになった。 1995年度は京成電鉄で3700形8両編成4本(32両)と3400形8両編成1本(8両)計40両が増備され、3100・3150形にも余剰車が発生した。1996年(平成8年)1月に3100形3125 - 3128を千葉急行にリースすることになり、3071 - 3074は京成に返却され廃車・解体された。続いて1996年3月には3100・3150形3121・3122・3157・3158も千葉急行にリースすることになり、3067 - 3070は京成に返却され廃車・解体された。この時点で、3050形はリース車も含め全廃となった。 冷房搭載後の運用期間は約3 - 5年と短かったため、冷房装置・扇風機・電動発電機等の廃車発生品は、在来車(3600形以前の形式)の古い部品と交換することなどで再用された。 また、一時期芝山鉄道へリースする計画もあったが、開業が大幅に遅れたため、結局3600形1編成を充当して2002年(平成14年)10月の開業を迎えた。
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廃車・リース
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「京成3100形電車 (初代)」の記事における「廃車・リース」の解説
1995年3月に、ファイアーオレンジ塗装の3109 - 3112・3113 - 3116が廃車された。同時期に3050形3067 - 3070が千葉急行にリースされたが、これら8両は定期検査期限も近かったことから、解体された。 1996年(平成8年)1月から3月にかけて、現行標準色の3101 - 3108・3123 - 3124・3129 - 3136が廃車され、いずれも後に解体された。 1996年1月、2次車の3125 - 3128が3050形3071 - 3074の代替として千葉急行にリースされ、3071 - 3074は京成に返却された後に廃車・解体された。従来千葉急行にリースされた車両は、社名表記変更のほか、ブルーベースにホワイト帯への塗装変更を行っていたが、当形式以降のリース車はグレーベース色は変えずに帯のレッドとブルーを反転させ、社名表記変更を行うのみになった。また、いわゆる「赤電」各形式でTDカルダン車の千葉急行へのリースは今回が初めてで、以後、千葉急行リース車は1998年(平成10年)の会社解散までTDカルダン車のみだった。続いて、1996年3月には3050形3067 - 3070の代替として2次車の3121 - 3122が3150形3157 - 3158とともにリースされ、以下の編成を組成。3067 - 3070は京成に返却された後に廃車・解体された。 ←ちはら台 上野→ 3121-3122-3157-3158 冷房搭載後の当形式の他形式との混結は初で、京成在籍時は皆無だった。 1996年3月末時点で京成車としての当形式は形式消滅となり、千葉急行にリースされた2次車6両のみが残り、1次車は全廃になった。なお、3121 - 3122は後述のとおり千葉急行が会社解散した1998年10月から12月の間残ったため、正式な形式消滅は1998年12月上旬となった。
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