呪的逃走
★1.ものを投げて逃げる。投げたものがいろいろに変化して、追っ手の追跡を妨げる。
『御曹子島渡』(御伽草子) 御曹子義経は、大日の兵法を盗んで、蝦夷が島を脱出する。鬼たちが追って来るので義経は、妻あさひ天女に教えられた「塩山の法」を行ない後ろへ投げると、海面に塩の山が7つできた。鬼たちが山を越そうとする間に、「早風の法」を行なって前へ投げると、追い風が吹いて義経の船を進めた。
『古事記』上巻 黄泉醜女に追われるイザナキが、黒御縵(くろみかづら=髪飾り)を投げ棄てると、蒲子(えびかづらのみ=葡萄の実)が生え出た。黄泉醜女がそれを拾って食べている間に、イザナキは逃げて行く。それでもなお追いかけて来るので、右の角髪(みずら)にさした櫛の歯を折って投げ棄てると、笋(たかむな=たけのこ)が生え出た。黄泉醜女がそれを抜いて食べている間に、イザナキは遠くへ逃げた〔『日本書紀』巻1・第5段一書第6の「一云(あるにいはく)」では、イザナキは尿をして川を作る(*→〔尿〕1)〕。
月と妻と妹(コーカサス、オセット族の神話) 男が、妹(牙のある少女)に追われる(*→〔歯〕10)。男は、妻からもらっていた櫛・木炭・砥石を、次々に後ろへ投げる。櫛は潅木の叢になり、木炭は出口のない暗い森になり、砥石は黒い山になる。妹は鋭い牙で、潅木の叢や暗い森を破って道をつけ、山を咬みくだいて男を追う。男は、妻の住む塔までたどり着き、妻は男に手を差し伸べる。妹が追いついて、男の足をつかむ→〔月の満ち欠け〕2。
『ペンタメローネ』(バジーレ)第2日第1話 塔に幽閉されたペトロシネッラが、王子とともに逃げる。鬼女が追ってくるので3つのどんぐりを後ろへ投げると、コルシカ犬・ライオン・狼に変わって鬼女の追跡を妨げ、最後には狼が鬼女を食ってしまう。
『水の魔女』(グリム)KHM79 幼い姉と弟が魔女のもとから逃げ(*→〔泉〕4)、魔女は2人を追いかける。姉が刷毛(はけ)を後ろへ投げ、千本の千倍だけ棘が生えた山ができる。弟が櫛を後ろへ投げ、千本の千倍だけ歯のようなギザギザがある山ができる。魔女は棘の山・歯の山を越えて来るので、姉が鏡を後ろへ投げると、つるつるすべる鏡の山になる。魔女は山のガラスを斧で叩き割るが、その間に姉と弟は遠くへ逃げ去った。
*お札を投げると山や川ができる→〔守り札〕1の『三枚のお札』(昔話)。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) 槍を持った兄アヌプに追われて、弟バタは走って逃げる。バタが太陽神ラーに祈ると、ラーは弟と兄の間に広い水を置き、ワニでいっぱいにする。アヌプは、バタのいる対岸まで渡れないので、口惜しがる。バタはアヌプに別れを告げて、杉の谷へ行く。
『梵天国』(御伽草子) 羅刹国の「はくもん王」が、玉若中納言の留守にその妻(=梵天国王の姫君)をさらう。玉若は舟で羅刹国へ渡り、妻を救い出して、2千里駆ける車で逃げる。「はくもん王」が3千里駆ける車で追いつくが、迦陵頻伽と孔雀が飛んで来て、中納言の車を前へ蹴やり、「はくもん王」の車を後ろへ蹴もどして奈落へ突き落とす。玉若夫婦は無事、都に帰り着く。
★3.大集団の呪的逃走。
『出エジプト記』第12~14章 モーセ(モーゼ)がイスラエルの人々を率いて、エジプトの国を去る。出発した一行は、妻子を別にして、壮年男子だけでおよそ60万人だった。ファラオの戦車部隊が後を追い、葦の海(あるいは紅海)の手前で、イスラエルの人々に追いつく。主(しゅ)がモーセに、「杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を2つに分けなさい」と教える。水は分かれ、イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行った→〔海〕3b。
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