名前からの造形
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/28 15:54 UTC 版)
『水滸伝』の各人物の物語が成立する以前から、宋江三十六人の名簿やあだ名はほぼ確定していたが、個々の人物の性格や設定などは様々な物語を取り込む中で、徐々に固まっていったものである。その中には、先に決まっていた名前やあだ名に影響されて生じたとおぼしき設定も多い。 楊志(あだ名は青面獣。第17位)は、『水滸伝』では楊業(楊令公)の子孫という設定となっている。楊志は『宣和遺事』の段階から花石綱の失敗をめぐるエピソードの中心人物であり、羅燁の『酔翁談録』にも「青面獣」という作品があることなどから、物語上重要なキャラクターではあったが、その段階ではまだ楊令公の子孫という設定は無かった。楊という姓を持つ関係から、『水滸伝』成立後期の段階で、楊家将故事の影響を受け、楊令公の子孫という設定が附加されたものと思われる。 梁山泊の軍師である智多星呉用(第3位)は、宋江三十六人賛や水滸戯では呉加亮という名で登場し、また『宣和遺事』や明代の『豹子和尚自還俗』では呉学究という名になっている。現行『水滸伝』では、姓は呉、名は用、字は学究、号が加亮先生という、すべてを合わせたような名となっている。現行の呉用という名になったのはかなり遅い段階になってからのようである。加亮とは『三国志演義』に登場する名軍師・諸葛亮(孔明)を上回るという意味、学究とは学問を究めた者の意であるが、実際の『水滸伝』の物語上では、彼の策略は肝心の時に失敗することが多いため名前負けしており、「無用(役立たず)」と評価されることも多い。中国語では「呉用」と「無用」は同じ発音(Wú Yòng、ウーヨン)であることから、『水滸伝』成立の最終段階であえて呉用という名がつけられた可能性もある。 柴進(あだ名は小旋風。第10位)は宋江三十六人賛や『宣和遺事』の段階では、李逵(あだ名は黒旋風。第22位)の次に並ぶ人物であり、明らかに李逵の弟分として設定されていた人物であった。同様に「小」をつけて弟分であることを表したあだ名のペアとしては「没遮攔」穆弘(第24位)と「小遮攔」穆春(第80位)、「病尉遅」孫立(第39位)と「小尉遅」孫新(第100位)などの例がある。しかし柴という姓を持つことから、北宋に禅譲した前代の後周王朝の名君柴栄(世宗)と結びつけられ、その子孫という設定となり、由緒ある名門で温厚篤実な名士という人物となったものであろう。そのため、あだ名の小旋風が温厚な性格と合わずに意味不明となり、また本来兄貴分であった李逵よりも上位に位置づけられることになった。現行『水滸伝』第52回では、逆に黒旋風李逵が小旋風柴進の屋敷に厄介になる話まで存在する。 托塔天王晁蓋は現行『水滸伝』では、梁山泊における宋江の先代の頭領であり、108人が結集する前に戦死してしまう人物である。『宣和遺事』の段階ですでに36人が勢揃いする前に他界するキャラクターとなっている。しかし「鉄天王(銕天王)」晁蓋は、宋江三十六人賛では第34位、『宣和遺事』では36位と低位の人物であった。元代の水滸戯では宋江が先代頭領の晁蓋が三たび祝家荘を攻めて戦死したと述べており(現行『水滸伝』では曾頭市を攻めた際に戦死しており、梁山泊軍が祝家荘を攻めるのは一回である)、『豹子和尚自還俗』では曾頭市で戦死したとしながらも呉加亮に次ぐ2位、『七修類稿』では宋江に次ぐ2位と非常に地位を上げている。鉄天王というあだ名から、武神である毘沙門天王(多聞天。中国においては唐初の名将李靖と結びつけられて「托塔李天王」と呼ばれる)が想起され、梁山泊全体の守護神の役割を与えられた可能性がある。逆に大塚秀高は、『宣和遺事』の晁蓋から宋江への頭領交代劇が、『楊家将』の宋太祖(趙匡胤)と太宗(趙光義)兄弟の関係に類似すること、「晁宋」が「宋朝」もしくは「趙宋」をにおわせることから、晁蓋・宋江の関係は太祖・太宗の関係を暗示したもので、晁蓋は宋江の先代首領の地位を約束されていたものであり、銕天王はこれにちなんでつけられたあだ名の可能性があると主張している。『水滸伝』には梁山泊と敵対する北京大名府の守将にも「李天王」のあだ名を持つ李成という人物も登場する。なお晁蓋は、雑劇の段階では「三打祝家荘」すなわち3度祝家荘と戦った際に戦死したことになっていた。しかし現行『水滸伝』では祝家荘と戦うのは1度のみで晁蓋は出陣しておらず、晁蓋が死んだのは曾頭市との戦闘である(曾頭市と梁山泊軍は2度戦っており、祝家荘と合わせると3度となる)。これは元々「祝家荘で晁蓋が戦死する」という話を異なる箇所に分割して水増しした上で、祝家荘物語と曾頭市物語二つを別々の位置に挿入たものとみられる。
※この「名前からの造形」の解説は、「水滸伝の成立史」の解説の一部です。
「名前からの造形」を含む「水滸伝の成立史」の記事については、「水滸伝の成立史」の概要を参照ください。
- 名前からの造形のページへのリンク