原因に関わる研究
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/28 07:47 UTC 版)
2011年から鳥取大学医学部医学科分子病理学分野の研究グループはEBウイルス(Epstein-Barr virus;EBV)というB細胞指向性で9割以上の人間が保有しているヘルペスウイルスの一種の再活性化とバセドウ病の自己抗体(抗TSHレセプター抗体、TRAb)産生との関連を指摘し始めた。 2011年の研究では10%以上のTRAbを持つバセドウ病患者において、EBVの再活性化を示唆する初期抗原(EA)に対する抗体価とTRAbのレベルが中程度にしかし顕著に相関することが示された。 2015年の研究では13例中8例のバセドウ病患者から実際にTRAb(+)EBV(+)なB細胞が末梢血単核球から in vitro(実験環境下)にて確認されている。しかし予想に反して、11例の健常対照群全員からもTRAb(+)なB細胞が検出され、さらにTRAb(+)EBV(+)なB細胞も8例見つかっていた。しかしながらバセドウ病患者においてはTRAb(+)なB細胞の検出頻度は健常対照群のそれに比べ顕著に高かった。 同年のまた別の研究では、EBVの再活性化がEBVに感染したB細胞を抗体産生細胞(形質細胞)に分化させ抗体の産生を行わせることができることから、EBVが潜伏感染したTRAb(+)なB細胞が実際にEBVが再活性化した時にTRAbを産生するか否かを調べている。この研究では末梢血単核球においてEBVの再活性化を in vitro(実験環境下)にて誘導した際に、健常対照群(12例)に比べバセドウ病患者(12例)のTRAb(+)EBV(+)なB細胞からより高いレベルのTRAbの産生が行われることが確かめられた。 また同年の症例報告では、EBVの初感染による伝染性単核球症の発症に伴いTRAbのレベルが上昇した小児の例が確認され、in vivo(生体内)におけるEBVとバセドウ病の関連を示唆している。 2016年の研究では、15例の健常対照群に比べ34例のバセドウ病患者ではTRAb-IgMとTRAb-IgGの抗体価が顕著に高いことが示されている。しかしながら、全IgM価よりも全IgG価の方が高いにも関わらず、TRAb-IgM価の方がTRAb-IgG価よりも高いという結果が出ている。一方で、EBVが再活性化しているバセドウ病患者においてはTRAb-IgM価が高いことが観察された。これは自己応答性IgM+B細胞の数が自己応答性IgG+B細胞の数よりも多いという事実に一致し、EBVによる多クローン性のB細胞の活性化を示唆する結果となった。そしてTRAb-IgMの生理学的な特徴、TRAbのアイソタイプとバセドウ病の病態との関連を明らかにする必要が生じた。 そして最終的に2017年、鳥取大学の研究グループはバセドウ病の自己抗体(抗TSHレセプター抗体、TRAb)が、EBVの潜伏感染Ⅲ型遺伝子の一つLMP-1による、T細胞非依存性のCD40の共刺激シグナルの模倣によって引き起こされるNF-κB活性化によってトランスフォーメーション(形質転換)した、EBVに感染したTRAb陽性B細胞から産生されていることを分子生物学的に証明した。さらにその2017年の論文によれば、バセドウ病を引き起こすのはIgG1のアイソタイプを持ったTRAbであり、そのためにはTRAb陽性B細胞で免疫グロブリン(抗体)のクラススイッチ遺伝子再編成を引き起こす活性化誘導シチジンデアミナーゼ(AID)の発現が必須となるが、EBVの潜伏感染Ⅲ型遺伝子のLMP-1はT細胞非依存性にCD40のシグナルを模倣しNF-κBを活性化させることができ、NF-κBはAID遺伝子(AICDA)の転写を促進するので、バセドウ病を引き起こすIgG1のアイソタイプを持ったTRAbの産生が可能になるということである。 同研究グループは2018年、11例のリンパ球・形質細胞の浸潤を認めるバセドウ病患者の、7例の甲状腺摘出検体においてEBV(+)B細胞・IgG4(+)形質細胞の存在をそれぞれ EBV-encoded small RNA 1(EBER-1)の in situ ハイブリダイゼーション・免疫組織科学により調べ、実際にEBV(+)細胞とIgG4(+)形質細胞が甲状腺組織の同じ位置に存在していることを確認している。また、14例の健常対照群と13例のバセドウ病患者のリンパ球におけるEBVの再活性化を誘導し、両方のリンパ球においてIgG4の産生を確認している。特に、病状のコントロールができなくなり甲状腺の摘出を受けた患者においては血清におけるIgG4/IgG比がとても高く、IgG4関連疾患様の状態にあることが分かった(IgG4関連疾患に認められる tumefactive な病変・花筵状線維化・閉塞性静脈炎は認められず、IgG4関連疾患とは言い難い)。これは2014年の和歌山大学の研究グループによる、バセドウ病患者の一部において血清IgG4価が高いという結果に一致している。IgG4へのクラススイッチ遺伝子再編成にはTh2細胞性サイトカインとIL-10という免疫抑制系のサイトカインが必要であるが、EBVのBCRF-1遺伝子の転写産物はIL-10のホモログであり、さらに EBV-encoded small RNAs (EBERs) は宿主のB細胞にIL-10の産生を促すので、EBVのIL-10のホモログとEBERsによって産生が促されたIL-10が制御性T細胞の代わりにIgG4へのクラススイッチに寄与しているようである。通常、形質細胞は抗原に対して高い親和性(high-affinity)を示すIgGを産生するが、IgG4は抗原に対し高い親和性を示す抗体ではないので、胚中心におけるB細胞の抗原に対しての親和性成熟においてはIgG4へのクラススイッチは非常に稀にしか起こらないと考えてよく、それゆえにこの研究におけるバセドウ病患者の甲状腺切除組織におけるIgG4(+)形質細胞は胚中心におけるB細胞の親和性成熟以外の過程で発生したものと考えられ、そしてその過程はEBVの再活性化によって誘導されたIgG4産生であるということが結論づけられた。
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