医学・脳神経科学的観点
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/07 02:48 UTC 版)
顔の筋肉の活動という点で見ると、感情を伴う自発的な笑いと社会的な場面での微笑み(作り笑いや愛想笑いなど)とでは、使用される顔の筋肉が異なり、したがってそれをコントロールする神経機構も全く異なるため、明らかに区別されうる。自発的な笑いは無意識的な脳(大脳辺縁系)の反射作用により、眼窩の周りに張り巡らされた眼輪筋の収斂を伴うが、作り笑いや愛想笑いでは反射的な眼輪筋の収斂が起きない。脳卒中によって左半球の運動野に損傷があるため、顔の右半分が麻痺しているにもかかわらず、滑稽な話に反応して自発的に笑うと、その笑いは麻痺に罹る以前のものと少しも変わらない患者の例があり、情動状況で顔面の筋肉をコントロールする神経機構と、意思による随意的なものとは異なるということの一つの証拠とされている。 自律神経系との関わりという点で見ても、快の笑い、緊張緩和の笑い、社交上の笑いとでは異なることが分かる。大笑いすると顔が紅潮し涙が出たりするが、これらは副交感神経の活動が優位な状態にあり交感神経の活動は低下している。緊張緩和の笑いでは、最初に交感神経の活動が優位状態にありその後に副交感神経系優位となる。社交上の笑いでは、自律神経系の変化はあまり見られない。 脳科学において、知覚された感覚情報はすべて扁桃体に入力され、意識的な感情はこの扁桃体から前頭葉の新皮質へ向かう直接経路と、扁桃体から視床下部を介して身体へ送られたメッセージ(生理的変化)が体性感覚野にフィードバックされ前頭葉に転送される間接的経路とによって生まれることが分かっている。したがって笑いの表出も可笑しさの感情を意識に上らせる前頭葉の新皮質と、無意識の部分でその感情を生み出す扁桃体や視床下部などとの相互作用の結果と推測されている。 茸の一種であるワライタケなどに含まれるある種のアルカロイドは、強烈な笑い反応を引き起こすと同時に、あのまぎれもない精神的な「おかしみ」の感覚を数時間にわたって引き起こす。もう一つ似たような笑い反射を引き起こす身体刺激にくすぐりがあるが、こちらは精神的な「おかしみ」の感覚を伴わないのが普通である。それゆえ、くすぐり刺激はワライタケ刺激より「下位のレベルで笑いの回路に入力される」と、社会学者の木村洋二は分析している。 笑いは体に良い影響を及ぼすと言われるが、仮説の範疇を出ない。笑うことで頬の筋肉が働き、また動くことにより、ストレスが解消され、鎮痛作用たんぱくの分泌を促進させ、ストレスが下がることにより血圧を下げ、心臓を活性化させ、運動した状態と似た症状を及ぼし、血液中の酸素を増やし、さらに心臓によい影響を与えるなど、様々な説明がなされるが、科学的に実証されているわけではない。笑うと気分がよくなるなど、経験的には好ましい印象があることから、臨床においては、笑いの効用を期待して循環器疾患の治療過程に取り入れる試みもある。2019年に山形大学医学部は、滅多に笑わない人はよく笑う人に比べて死亡率が2倍にのぼり、脳卒中などの心血管疾患の発症率が高いことを発表したが、笑いと健康との疫学的調査では、方法面での制約から、レトロスペクティブなアプローチが用いられることが多く、マスコミを通して通して報道される研究結果の解釈は慎重に行わなければならない。 また、笑い発生の機序として、てんかん患者の「笑い発作」の症例から側頭葉と視床下部が笑いの起点となっていることが示唆されており、副交感神経系優位に伴う顔面神経核の働きにより強制的な笑顔が生じると考えられている。
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