他のエピソード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 10:07 UTC 版)
『ドラえもん』(日本テレビ版)では降板した富田耕生に代わり主人公ドラえもんの声優を務めたが、2013年3月放送『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』のインタビューでは同作を白黒作品だったと勘違いしている。同番組ではアニメ好きの外国人と中川翔子の前で「ぼくドラえもん」とドラえもんの声を演じた。 『あらいぐまラスカル』では、どうしてもラスカルを演じたいとオーディションに参加。役に決まりアライグマを良く理解するため、時間を見つけては上野動物園に行き観察した。10日間ほど通い詰めてもアライグマの鳴き声を聞くことはできなかったが、直後約に当時放映していたテレビドキュメンタリー番組『野生の王国』で、偶然にもアライグマが登場して鳴き声を知り、それを参考にしたことを、GyaO『溜池Now』での「野沢 雅子特集」の際に語っている。また、ラスカルの収録は他の声優陣と別録りだったが、鳴き声を演じる上で他の人の演技を確認するために、初めから収録風景を確認していた(他の声優陣と同じ時刻に集合していた)。 『いなかっぺ大将』の風大左衛門の声をノイローゼだったゴリラに聞かせ、治したことがある。また、私生活において当時劇団のあった高田馬場までの切符を買う際に「高田の馬場だス」と大左衛門の口調で喋ってしまったり、子供の学校のPTAで他の子の親と会話している時に途中で喋り方に気を付けたにも関わらず「そうだス」と言ってしまい、悩んだ末に田舎言葉を混ぜることで地方出身だと思い込ませようとしたなど、『いなかっぺ大将』では役が抜けずに苦労したそうである。 「歌は苦手」とのことだが、主演作の『怪物くん』や『ビリ犬』、『はたらキッズ マイハム組』では主題歌を担当しており、『ドラゴンボール』『デジモンテイマーズ』でもキャラクターソングを歌っている。 「私生活ではかなりおっちょこちょい」とのこと。『徹子の部屋』の出演時には、内線電話と間違えて館内放送のマイクに向かって話してしまった話、リモコンから送信される赤外線を身体に有害なレーザー光線と勘違いしていた話などを披露した。 『週刊TVガイド』1969年4月4日号でのインタビューで、当時幼稚園児だった娘に対しての子育てについて「ものの良し悪しは自分で覚えるものと思うので、自分は干渉せず、何事も自分でやらせようという方針」と語り、“アンチ教育ママ”を自称していた。 独身時に劇団仲間と車で移動中にバイク事故を目撃する。全員が「あのバイクに乗っていた人は死んだ」と思う程の激しい事故だったが、その当該者が後に夫になる塚田正昭だった。 迷惑電話がかかってきたときは、子供の声で「パパ、ママ今いないから分かんない」や、家政婦のふりをして「今、誰もいねぇから分かんねぇんだ」と言うと諦めてくれると言う(2008年3月27日にゲスト出演した『うたばん』より)。 映画『ONE PIECE』の主題歌『またね featuring ルフィ、ナミ、ゾロ、ウソップ、サンジ、チョッパー、ロビン、フランキー、ヒルルク、くれは』でくれはの声で出演したためゲスト参加している。その曲のオリコンチャート最高位が8位だったため、71歳4ヶ月としてオリコンチャート10位以内の女性最年長記録(当時)であった。
※この「他のエピソード」の解説は、「野沢雅子」の解説の一部です。
「他のエピソード」を含む「野沢雅子」の記事については、「野沢雅子」の概要を参照ください。
他のエピソード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 17:12 UTC 版)
男兄弟はいないが、幼少期は近隣に男の子が多かった為、一緒に「戦隊ごっこ」などで遊んでいた。また小学校6年生頃まで本気で秘密組織の存在を信じ、いつか自分もスカウトされるものだと思っていた為、「山から木を切り出し手製の武器を作る」「走り込む」「川で泳ぐ」など、体力作りを日々行っていた。
※この「他のエピソード」の解説は、「沖佳苗」の解説の一部です。
「他のエピソード」を含む「沖佳苗」の記事については、「沖佳苗」の概要を参照ください。
- 他のエピソードのページへのリンク