不法領得の意思
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 03:33 UTC 版)
窃盗罪を含む財産領得罪一般に共通して、主観的構成要件要素として、故意のほかに「不法領得の意思 」も必要であると考える説が有力である(記述されざる構成要件、判例・通説)。ドイツ刑法第242条では「自己若しくは第三者に違法に領得する ( zuzueignen ) 意図」として明文で規定されている。 不法領得の意思とは、判例および通説においては、①権利者を排除して他人の物を自己の所有物として振る舞い、②その経済的用法に従い利用又は処分する意思をいう。なお、学説上、いずれかのみを必要とする説、両者とも不要とする説もあり、争いがある。 権利者を排除して他人の物を自己の所有物として振舞う意思は、解釈上不可罰とされる使用窃盗(他人の物の無断使用)との区別のために必要とされる。すなわち、この要件を必要とする説は、使用窃盗の場合は財物を恒久的に自己の物とする意思に欠けるので、窃盗として処罰されないとする。逆に、この要件を不要とする説は、使用窃盗の不可罰性は可罰的違法性の欠如によって説明できるとする。 経済的用法に従い利用または処分する意思は、別罪である毀棄罪(器物損壊罪など)との区別をするため必要とされる。すなわち、この要件を必要とする説は、窃盗にせよ器物損壊にせよ、被害者にとっては財物の利用価値を毀損される点で違法性が同等であるにもかかわらず、窃盗罪が器物損壊罪(法定刑は3年以下の懲役又は50万円以下の罰金)よりも重く処罰されることの根拠は、窃盗罪にはその物から経済的価値を引き出そうとする意思があり、道義的により重い責任非難に値する、という点に求めるほかないと考える(道義的責任論を前提とする)。 不法領得の意思が要件とされる結果、それが欠ける場合(例えば、路上に停車されていた自転車をほんの短時間だけ乗り回すがすぐに返還するつもりの場合や、いやがらせ目的で他人のパソコンを別の場所に隠すつもりの場合)は、窃盗罪は成立しないこととなる。ただし、判例において、各々の意思を広範に認める傾向にあるため、結果的として、不法領得の意思が不要であるとの説と大差がなくなっている。 1の権利者排除意志に関し、一時使用のための窃盗(使用窃盗)は不可罰、あるいは無罪とは一概には言えない。判例は次のとおり。 自転車の無断借用につき窃盗罪の成立を否定した例本件は深夜に常習的な婦女暴行の目的を遂行するために反復的に2km、10分程度の距離を他人の自転車を無断で使用し、2-3時間程度後に元の場所に返還したものであるが、自転車に対する窃盗罪は無罪とした。これは不法領得の意志要件説よりはむしろ単に可罰的違法性を欠くとしたものであるとの説がある。 自転車を乗り捨てる意志の元で無断使用を開始した例 - 積極(有罪) 自動車を盗品の運搬に利用するなど相当長時間乗り回し元の場所に返還した例 - 積極(有罪) 自動車を深夜4時間余り乗り回し元の場所に返還した例 - 積極(有罪) (自動車・原動機付自転車等については本来的な運転によりガソリンや電力を消費する事も、単なる使用窃盗に留まらない点があろう) 紙に記載された情報を取得する目的で紙のファイルを持ち出した例 - 積極(有罪) 競合他社へ転職する際に退職する会社から顧客名簿をコピーするためにファイルを2時間社外に持ち出してコピーし元の場所に戻した例 - 積極(有罪) 磁石を用いて遊技場のパチンコ機械から玉を取る行為 - 積極(有罪)判示「経営者の意思にもとづかないで、パチンコ玉の所持を自己に移すものであり、しかもこれを再び使用し、あるいは景品と交換すると否とは自由であるからパチンコ玉につきみずから所有者としてふるまう意思を表現したものというべきもの」 商店から商品を無断で持ち出し購入後と装って返品および返金を受ける目的で持ち出す行為 - 積極(有罪)判示「権利者を排除して物の所有者として振舞い、 か つ、 物の所有者にして初めてなしうるような、 その物の用法にかなった方法に従い利用・処分する意思」 これに対し2.の利用処分意志については、本来の目的が他人の物の毀棄・隠匿であり、そのために占有奪取に出たに過ぎない場合は窃盗罪の成立は否定される。もっとも、毀棄や隠匿、あるいは利用処分意志自体に確固たる意志を欠きつつも漫然と占有排除を継続した場合は窃盗罪が成立する。 商店から無断で商品を持ち出し、窃盗犯として自ら検挙してもらうために100メートル離れた派出所に持参出頭自首した例について、占有が一時的であり権利排除意志も利用処分意志も認められないとして不可罰とした。
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