デンマーク体操
歴史と沿革
デンマーク体操は、ダイナミックな動き・筋肉の伸展運動・振動運動を取り入れて構成されたデンマーク発祥の体操です。デンマークで発展した体操を総称していう場合もありますが、一般的にはデンマークの体操指導者ニールス・ブック氏が1880年代に考案した「基本体操」のことをデンマーク体操と呼んでいます。
「デンマークの体育・体操の父」と呼ばれたフランツ・ナハテガル氏は、ドイツの教育学者グーツ・ムーツ氏の影響をうけました。このナハテガルの教育を受けたブック氏は、機敏性や規律性を養う体操を基礎とし、さらにペール・リング氏が創始したスウェーデン体操も参考にしながら、形よりも動きそのものを大切にした体操を考案し「基本体操」と名付けました。基本体操は、身体の均整や調和的な発育のために、強壮性(筋力)・柔軟性・巧緻性の3要素の育成を目指し、振動運動と筋肉の強い伸展運動を含む連続的な動き、ダイナミックで律動的な動きを重視して構成されています。
1.強壮性(筋力) | : | 筋肉の弱さを補強し、高度で多様な身体活動に必要な筋力をつける |
2.柔軟性 | : | 硬化した関節の可動を滑らかにし、身体各部の可動範囲を広くする |
3.巧緻性 | : | 神経伝達機能を回復させ、総合的な身体の機能性を高くし、巧に速く動けるようにする |
1920年になると、ブック氏は、デンマーク・フュン島のオレロップに「オレロップ国民高等体操学校」を設立し、指導者の育成とともに普及活動に努めました。日本にデンマーク体操を紹介したのは、大正末期にこの体操学校に留学した人々です。例えば、1927年には三橋喜久男氏は三橋体育研究所を設立し、デンマーク体操を基礎にした体操の普及活動を始めています。
1931年、玉川学園長の小原國芳氏の尽力により、ブック氏率いるオレロップのエリートチームを日本に招聘し、実演や講演会が開かれました。「基本体操」のダイナミックかつ律動的で流れるような美しい動きは、日本人の体操観を大きく変え、全国各地に広がりました。なかでも堀内豊秋氏を始めとし、国鉄や警察関係者が「基本体操」の普及振興に貢献しました。
ブック氏の「基本体操」はのちに「デンマーク体操」と呼ばれて普及が進み、学校体育や社会体育に多大な影響を与えました。その成果は海軍体操・航空体操・鉄道体操・警察体操などに導入されています。現在、広く普及しているラジオ体操も「基本体操」の流れを汲んでいます。
第二次世界大戦後は学校体育にスポーツが大幅に導入されるようになり、それまで主流だった体操は衰退します。しかし、1975年にオレロップ国民高等体操学校のアーネ・モーテンセン氏率いる体操チームが来日し、再び日本の体操界に影響を与え、現在も広く日本各地で親しまれています。
デンマーク体操
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/17 12:47 UTC 版)
デンマーク体操は身体の柔軟度促進を目的とした体操で、リングの師でもあったフランツ・ナハテガルによってドイツ体操を元に1780年に創始された。ナハテガルの活動によって、デンマークでは体操が小学生の必須科目として古くから採用された。度重なる敗戦の歴史から国の復興運動を進めるにあたり、愛国心からニルス・ブック(Niels Bukh 、1880-1950)が国民の健康と教育のため、スウェーデン体操を基礎にしたものを広めた。1931年には、玉川学園の招きでブックと模範演技者26名が来日し、全国40数か所で実演を行ない、日本の体操界に影響を与えた。
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「デンマーク体操」の例文・使い方・用例・文例
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