ソ連崩壊後の「森の歌」
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「森の歌」は歌詞の内容がスターリン礼賛、共産党礼賛という性格を有していたため、共産主義の失敗によるソビエト連邦の崩壊が近づくに従って共産主義政権を讃える歌詞が敬遠されるようになり、演奏の機会は激減した。一方で、楽曲の価値を認めていた指揮者フェドセーエフはソビエト連邦の崩壊前夜の混乱の中、楽団員と合唱団を説得して旧勢力によるクーデター3日前にレコーディングを行った。 現在では一般的に「『森の歌』はスターリンにへつらい保身を図るために作曲したもの」と評価されていることや、亡命ロシア人に代表されるソビエト政府の弾圧に遭った人々などの感情的なしこりもあって、ロシア、旧ソ連諸国はもちろん、欧米諸国でも演奏されることは稀である。 これに対して日本は、戦後うたごえ運動において政治色を希薄にした改訂版歌詞によって長年取り上げられていたことが幸いしてか、今日でも演奏されることがある。 指揮者岩城宏之は2005年10月の東京文化会館での演奏に先立ち、インタビューにおいて「(スターリン礼賛という、意に沿わない作品として)ショスタコービッチがどんなに憎もうと、この曲は再三演奏されてしかるべき曲なのではないか。こんなに分かりやすくて、良くて、しかも転調とかすべてが高級で、実にうまく書いている。厳然として傑作だと改めて感心してしまう」と音楽的価値の高さを評価している。また自身も大学生時代にこの曲を選んで演奏会を開催し、のちに演奏会に至る経過を「森のうた」として出版している。 2006年には1月19,20日にフェドセーエフが、11月22日にはテミルカーノフがそれぞれ日本国内で「森の歌」を取り上げた。歌詞の選択は指揮者に任されており、テミルカーノフは「オリジナルの歌詞に書かれていることは、私たちの歴史の1ページであり、作品は“事実”を内含している」と述べ、初演版を意義あるものとして用いるなど、古典楽曲の価値を引き出す試みもなされている。 また、2005年11月にはスヴェトラーノフの指揮による「森の歌」のライブ録音(1978年収録)がDVDにより復刻されたが、その解説を著した一柳富美子は「緑の息吹で地球を灌漑する」という歌詞に同時期に開催された愛知万博の意義と重ね合わせ、地球環境の保全を意識した内容として作曲者、作詞者のメッセージを読み取ることが出来るという、新解釈を提示している。 『森の歌』を日本語訳した井上らによれば、ショスタコーヴィチは国土の緑化計画に理解を示し、本作品を作曲したと言われている(ISBN 4276542324)。ジダーノフ批判をかわす上でスターリンの政策を肯定する必要に迫られた作曲であったとはいえ、一柳らが述べるように、緑化政策そのものについては現在にも通用する面を持ち合わせているのも事実である。このようにロシア、欧米等において演奏が行われなくなった現在でも、思想的こだわりを超えた音楽的価値を見いだし、高い評価を受け続けている楽曲として、見直されつつある。
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