クルアーン解釈学(タフスィール学)
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「クルアーン」の記事における「クルアーン解釈学(タフスィール学)」の解説
それでは、アラビア語で書かれたクルアーンの章句が他の言語に翻訳されたことが全くなかったかというと、もちろんそうではない。 預言者ムハンマドの死後、イスラームの拡大・拡散に伴い、それまで自明とされて来たアラビア語で書かれたクルアーンの意味や啓示された章句の背景についても、新たな世代やアラビア半島以外の非アラブの異邦人たち、さらに新たにムスリムになった人々にも説明し、各々の意味の解釈を提示する必要が生じ始めた。これらクルアーンに関する研究は、最初期にはハディースの集成によって啓示の経緯や意味内容をまとめることにはじまり、やがてアラビア語の文法学的解釈、神学的解釈などが付け加わり、クルアーンの解釈について学問的に体系化されていった。これらクルアーンの解釈に関する学問をタフスィール学 علم التفسير ‘ilm al-tafsīr と称している。イスラームの社会において「クルアーンの章句をアラビア語以外の言語で説明する」伝統は実際に存在したが、これらはこのタフスィール学の範疇として認識されてきた。 預言者ムハンマドの教友には、アラブ人以外の人々も何人か確認されている。その代表的な人物にイスファハーン近郊出身と伝えられるペルシア人ムスリムの祖、サルマーン・ファールスィー Salmān al-Fārsī がいる。伝承によれば、ムハンマドの側近として活躍していたサルマーンは、ある時イエメン在住のペルシア人ムスリムたちからクルアーン第1章(開扉章)の翻訳を求められた折に、「慈悲深く慈愛遍くアッラーフの御名によりて(bi-smi Allāhi al-Raḥmāni al-Raḥīmi )……」というバスマラの部分を、ペルシア語で「(bi(によって)−nām(名)-i yazdān(神)-i bakhshāyanda(憐れみ深い)……」という風に逐語的に翻訳したといわれており、アラビア語を解さない者のために当初からこのような処置が行われていたようである。 しかしながら、ムスリム側の認識に立った場合、上記のようにクルアーンはそもそも朗誦されることを前提としており(クルアーンの読み方については「クルアーン朗誦学」も発達した)、意味と朗誦の旋律を含めて統語論的体系の異なる他の言語に全てを完全に翻訳することは不可能である。そのため、クルアーンについて外国語訳を行う場合、飽くまでも意味を近似的に説明するだけしかできないことから、「翻訳」(ترجمة tarjama)の名称は避け、「各々の言語によるタフスィール」あるいは「タフスィール的翻訳(ترجمة تفسيرية tarjama tafsīrīya)」と呼びうるものになる。一般的に「クルアーンの英訳」「クルアーンの日本語訳」と呼ばれる物は後者の「タフスィール的翻訳」に分類される。 クルアーン解釈書・注釈書は単にタフスィール تفسير Tafsīr と呼ばれ、クルアーンの個々の章句や節について、諸々のハディースや学説に基づいた注釈、解釈などの解説が附される。アッバース朝時代に入って、アラビア語によってさまざまなハディース集成書やタフスィールが編纂されたが、アラビア語で書かれたタフスィール書がペルシア語などで翻訳されたりもした。「タフスィールそのものの翻訳」については、例えば10世紀後半、サーマーン朝第8代君主マンスール・ブン・ヌーフ(マンスール1世)の要請によって中央アジアのウラマーたちが行った、タバリーの大タフスィール、『解説集成』(جامع البيان Jāmi‘ al-Bayān)のペルシア語訳が存在する。また、ペルシア語によるタフスィールとしては、12世紀半ばにジャマールッディーン・アブールフトゥーフ・アル=フサイン・アッ=ラーズィーによって著された『愛の歓喜と心の魂』(Rawḥ al-Jinān va Rūḥ al-Janān)がある。これは現在の刊本でも全13巻に渡る大著であり、ペルシア語タフスィールとしては最も優れたものであると評されている。 『愛の歓喜』の場合、まず、章句中の各々のアラビア語文の節の下にペルシア語による訳文が添えられ、その後に各々の単語や文章などについてペルシア語による解説が詳しく述べられる。サーマーン朝のマンスール1世が編纂させたような「大学者が著したアラビア語によるタフスィール」の翻訳以外にも、ラーズィーの『愛の歓喜』のような「各々の言語によるタフスィール」の例もさまざまにあり、ペルシア語以外にもオスマン語やチャガタイ語、マレー語など、その土地その土地の言語によるタフスィール書も史上多数著された。近代以前において、土地ごとの信仰のあり方や宗派毎のクルアーン章句の解釈はさまざまであったものの、タフスィール学の発達もありアラビア語を母語としない非アラブ系のムスリムでも、クルアーンの内容を把握することは可能であったのである。 詳細は「タフスィール(英語版)」を参照
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